祐一の嗚咽が収まると、祐一は自ら名雪から身体を離してベッドの縁に寄りかかる。
     赤くなったと思われる目を擦りながら、祐一は名雪に礼を照れながら言う。
     しどろもどろに聞こえたので名雪はクスッ、と笑って祐一の顔をしかめさせるが暗闇のままなので表情は分からない。
     電気を点けようと名雪は立ち上がるが、祐一がギュッと名雪のジーンズを掴む。
     これは点けるなという意思表示なので名雪は仕方なさそうに従う。
     泣いた後の顔は見られたくないのは、名雪もそうなので祐一の事は責められないだろう。
     分かったよ、と呟くと名雪はゆっくりとさっきまで座っていた場所に腰を落とす。
     暫らく二人は暗闇に包まれたまま、お互いに相手を見ているが殆ど見えていないのは関係無い様だ。
     ボンヤリと相手の顔の輪郭だけが浮かぶ様に二人は目をスッ、と同時に閉じる。

 

    「ねえ、明日はどうするの?」
    「……さあな、まだ分からん」

 

     ふーん、と名雪は納得した様に相槌をうつ。
     さっきまでの事を考えると分からないのは当然だが、これでも幾分か祐一らしく喋っている事が名雪は安堵した様子だ。
     祐一は名雪の顔があると思える方を向いて、名雪に質問をする。

 

    「朔夜より、俺の事を想っているって本当か?」

 

     唐突な質問に名雪は返答に詰まるが、自信を持ってはっきりと言いきる。

 

    「そういうものなのか……」
    「これだけは負けたく無いし、女性ならそういうものだよ」

 

     それだけを言うと名雪は立ち上がって、んーと背伸びをして軽く欠伸をする。
     もう寝るね、と一言だけを残して名雪は退場しようとする。
     ドアノブを掴んだ時、祐一が何かを照れながら言ったが名雪の耳には届いていた。
     その言葉に名雪は満面な笑顔になるが、暗闇の中なので祐一はどういう顔になったか分からなかった。

 

    「おやすみ、祐一」

 

     ギィ、とドアが開き廊下に点けられていた電気が祐一の部屋に舞い込んだ。

 

 

     名雪はコチコチ、と多数の秒針の音響が流れる自室に顔を顰めて嫌そうになる。
     はぁ、と小さく息を吐くと1つ1つ目覚まし時計の電池を抜いていく。
     暫らく時計の蓋を開けて、電池を取り出すという単純作業を続ける。

 

    「……こんなに時計使っていたんだ」

 

     1つだけの時計を残して、音を出す事も出来ずに沈黙をした時計を眺める。
     様々な形をした時計が多く、いつ買った物か覚えていないような時計まであった。
     名雪は電池を机の上に転がって、落ちない様に置いていく。

 

    「もう、これで祐一との関係に踏ん切りがつくかな?」

 

     7年前から少しずつ増えていった時計は想いが伝わらないと分かった今、止まった。
     残り1つであり、何も変哲が無い普通の時計が時を刻み出した。

 

 

                静かに秒針を刻む様になった自室の中心で名雪は耽る。
     名雪は間違いなく、明日祐一は朔夜に会いに行くと確信している。
     確率的には6:4で行くかな、と名雪はブツブツ呟く。
     先日に振られているので今更選ばれても喜べないだろうが、ほんの僅かまだ期待をしている自分に名雪は嫌悪を表す。
     名雪はこの考えを振り払う様に箪笥から下着とパジャマを取り出して、浴室に向かって行った。

 

 

     祐一はふぅ、と溜息を深く吐いて冷たくなっているベッドを上に転がる。
     暗闇に包まれている状態なので、天井を見ているつもりだが夜空を眺めているような感覚に陥る。
     祐一は自分を守る様に膝を抱え込んで身体を小さく、子供の様に丸める。
     この格好は名雪が見たら笑うだろう、と呟きながら格好を崩さない。

 

    「行くべきか……行かざるべきか」

 

     たった二つの選択肢しか無いが、祐一は苦痛に満ちた顔で考えていた。
     身体が二つあれば、と馬鹿馬鹿しい考えを言うのでまだ余裕があるように感じるが一杯一杯だろう。
     ゴロン、と寝返りをうって少し慣れてきた目を凝らして何も無い壁をジックリと見る。
     さっき朔夜に言われた事が頭に反響して、頭と耳を同時に抱え込む。

 

    「あー、もうどうしろって言うんだ」

 

     祐一は自分以外誰もいない部屋で叫ぶが、殆ど意味が無い行為なのは確かだろう。
     祐一は不貞腐れて、毛布と掛け布団を被り考えるのを止める。
     数分後にはさっきまでの状態と裏腹に穏やかな寝息が聞こえてきた。

 

 

     名雪は今までと違い、時計の音が1つしかしないが目覚ましベルが鳴ったと同時に身を起こす。
     ボンヤリとした表情なのは、こんな時間に寝起きをするのが本人には久しぶりだからだろう。
     時計の長針と短針は両方とも6を指しており、6時半だというのが分かる。
     未だになっている目覚ましベルをポンと軽く押して、響いていた音響を消した。

 

    「さて、祐一に答えを聞かないとね」

 

     パジャマの上に猫の肉球が描かれている赤い半纏を羽織って、祐一の部屋を目指す。
     廊下は冷たくなっているので、名雪はつま先走りをして祐一の部屋にノックもせずに駆け込む。
     祐一は既に起きており、ベッドの上で瞑想をする様に胡座を掻いて目を閉じていた。

 

    「おはよう、祐一」
    「おはよう、名雪」

 

     決まった?、と言葉を投げ掛ける様に前屈みをして名雪は祐一の顔を覗き込む。
     昨日の情けない表情とは違い、晴れ晴れしい表情の祐一は答えを言う。

 

    「ああ、決まったぞ」

 

 

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