名雪は玄関先で雪を払うが、祐一だけはその場に突っ立ているだけで雪を払う気力すらない様だ。
     右手に持っている二つの傘を名雪は傘立てに仕舞い込む。
     引っ張りながらだと祐一だけが傘に入らないと濡れるので、自分だけが濡れない訳にはいかなかった。
     そのため、家に帰る時は名雪が気力の無い祐一の事を引っ張って来たので、二人とも頭やコートが所々濡れている。
     祐一が自分から雪を払おうとしないので、仕方なく名雪が世話をする。

 

    「ちょっと届かないから、しゃがんで」

 

     言われるがままに祐一はしゃがんで、頭に積もった雪を払ってもらう。
     名雪は祐一の正面に回って抱きしめる様に、ポンポンと頭の雪を払う。
     良いよ、と名雪が言うと祐一は命令される様に立ち上がる。

 

    「腑抜けだね、祐一」

 

     ギロリ、と祐一は悪口が聞こえたのか底冷えするような視線で名雪を睨む。
     名雪は一瞬だけ脅えるが、肩を竦めて馬鹿にした様に溜息を吐く。

 

    「行かなきゃ良かったんだ!!」

 

     祐一が怒鳴った為、消していた間間の電灯が点いてパッと周辺が明るくなる。
     水瀬家周辺の家も祐一の叫び声に反応してか、カーテンを開けたりしてこちらが気になった様だ。
     何事かと秋子が玄関を開けて、隙間から覗き込む様に少しだけ顔を出す。

 

    「こんな所で話すより家で話しなさい」

 

     二人はそれぞれに返事をするといそいそ、と隠れる様に家の中に入る。
     祐一は靴を脱ぎ捨てて、駆け抜けるように二階に上がって行く。
     名雪は腰に手をあてながら溜息を吐いて、秋子は心配そうに二階を見上げた。

 

 

     名雪はリビングに移動して、テーブルの上に置いてあるテレビのリモコンに手を伸ばす。
     色々なチャンネルに合わせて見るが、どれも名雪の興味の対象にならなかった。
     名雪は仕方なさそうにニュースにチャンネルを合わせて、ソファーにぐったりと身を沈める。
     秋子も同じ様にソファーに座り、テーブルの中心に置かれている籠を取ってまだ緑色のミカンに手を伸ばす。
     祐一の部屋に行ったのだが、平気ですと返答が返って来たので祐一を信用して秋子はリビングに戻って来た。
     ニュースはアナウンサーが原稿を読み、今日起こった事件を淡々と述べていく。
     次のニュースへのテロップが流れるとCMに移行される。

 

    「名雪、朔夜さんの様子はどうだったの?」

 

     名雪は蜜柑の皮を剥きながら、同じようなCMが流れるテレビを見ながら答える。

 

    「んー、わざと嫌われようとしているみたい」

 

     皮を剥いた蜜柑を一房、口に運んで酸っぱい香りを口の中に充満させる。
     一房を摘んで口に運ぶ所でCMが終わり、ニュースが再開される。
     アナウンサーは次にやる今日の特集について原稿を読む。
     映っているテレビ画面はスタジオからは町の中に代わり、名雪と同じ位の年齢の男がインタビューに答えている。
     テレビの右上には小さく"最近の高校生の恋愛"とテロップが書かれている。
     名雪はジッと画面にくぎ付けの状態で、手に持っていた蜜柑が口前で止まっていた。

 

    「……祐一もあの中に入るね」

 

     あの中とはテレビに出ている円グラフであり、やや突出している部分を名雪は指す。
     "想いが伝わらなかったらカッ、となる"と書かれているを見て、秋子は白い肌をいつもより青ざめてしまう。

 

    「もしかして……」
    「お母さんの考えている通りだと思うよ」

 

     名雪は自分を褒める訳では無いが、わたしが行ってなかったらどうなっていたか分からないと伝えておく。
     その言葉はこの場にいない祐一に向かって発したものであり、棘がある言葉だった。

 

 

     名雪は食べ終わった蜜柑の皮を近くにあるゴミ箱に投げ捨てる。
     綺麗に弧を描いた放物線がゴミ箱に向かって行く。
     秋子はこの行動を咎めるが、既に蜜柑の皮はゴミ箱にスッポリと収まっていた。
     うやむやになってしまったので、秋子は咎められずに溜息を小さく吐く。
     ニュースが終わったので、他のチャンネルに合わせて見るがめぼしい番組はやっていなかったのでテレビを消す。

 

    「祐一の様子見たら寝るね。おやすみ」
    「おやすみなさい」

 

     軽く欠伸をしながら名雪はリビングから出て行く。
     秋子も暫らくするソファーから離れて、リビングの電気を消して自室に向って行った。
     トントン、と軽快なリズムで足音を立てながら階段を上がって行く。
     名雪は祐一の部屋前まで来るが、ノックしても意味が無いと思って手っ取り早くドアを開けてしまう。
     鍵は掛かっていなかったので、勢い良く開いたので名雪は拍子抜けしてしまう。

 

    「祐一、起きているの?」
    「……ああ」

 

     室内は殆ど光を点しておらず、外も月が見えない程雲を覆っているのでこの部屋には光が現在は無かった。
     祐一の声が聞こえる方に名雪は、摺り足で進んで行く。

 

    「祐一……もしかして泣いている?」
    「……ふん」

 

     電気は点けないまま、二人はその場から動こうと微塵にも感じさせなかった。
     名雪はしゃがみ込んで、手探りで祐一の傍に近付いて行く。
     指先が祐一の足だと思われる温かさに触れると、名雪は身体を起こしてギュッと祐一を抱きしめる。

 

    「今だけ、泣いて良いよ」

 

     そこ声に導かれる様に祐一は嗚咽を洩らしていった。