雪は所々を白く染め上げて、道路をアートの様に仕上げている。
     水玉模様の様に黒と白の部分が二分化されつつ、アートが増えていく。
     雪の勢いに押されて、道路の部分は新雪にゆっくりと覆われていく。
     だが道路に残る雪は少なく新雪は直ぐに解けて水となり、足元で水を跳ね上げる。
     水が飛び散る時、名雪はむぅと眉を八の字にしかめて靴の汚れを気にする。
     行くと言ったからには気にせず歩くが、それでも僅かにつま先からじんわりと水が染み込む。
     名雪と違い祐一はずかずかと水が跳ねても気にせずに、怒っているような雰囲気で歩いている。
     名雪は一度立ち止まって、祐一の怒っていると思われる背中を眺めて深く溜息を吐いた。

 

    「もう、少しは落ち着かないと駄目だよ」

 

     指摘された祐一はむぅと唸りつつ立ち止まって、名雪の言葉に耳を傾ける。
     名雪は右手に持っている赤い傘を両手に包み込む様に持ち、祐一の前に回り込む為に歩き出す。
     びちゃびちゃ、と解けた雪を飛び散らせながら名雪は祐一の前で立ち止まる。
     名雪は自分より頭1つ分、身長が高い祐一に上目使いで覗き込む様に見上げる。
     普段したなら注意される事―――祐一の眉間に人差し指を向けて、名雪は文句を言う。
     眉間に皺を寄せている祐一は小さく溜息を吐いて、自分の顔をペタペタと触る。

 

    「そんな事をしても、無駄だと思うけど」
    「……どうしろと言うんだ」

 

     しれっ、と半目で馬鹿にした様な表情で祐一の顔を見ながら名雪は言いきってしまう。
     名雪は先に歩き出して祐一も名雪の背中を追う為、傘が邪魔にならない様に小走りで走り出した。

 

 

     待ち合わせしていた場所にはポツン、と朔夜が旅館から借りたと思われる白い傘を差して佇んでいる。
     風によってなびく金髪のロングウェーブを片手で押さえて、月明かりが無い空を眺めている。
     雪を珍しげ眺めている表情は、先ほど名雪が見た冷たい目付きが四散されている様に見えた。

 

    「……遅いわよ」

 

     二人の視線に気付いた時には、一瞬にして冷たい目付きに戻っていた。
     うっとおしげに髪に付いた雪を払いつつ、朔夜は二人を見据える。

 

    「じゃあ、頑張って話してね」

 

     ポン、と名雪は強く祐一の肩を楽しんでいるような表情で叩く。
     祐一は唾を吐き捨てる様に舌打ちをして、名雪を睨むが名雪は気にせずに少し離れた場所に移動する。

 

    「……で、何の用かしら?」

 

     名雪の動きを見ながら、朔夜は語り掛けるに様に淡々と感情を先ほどと変えずに質問をする。
     祐一は拳を作り肩を震わせながらだが、名雪に言われた通りに落ち着いて喋り出す。

 

    「名雪が電話した通りだ」
    「……ふん、自分から電話しなさいよ」

 

     うっ、と祐一は返答に詰まり何も言い返せずに縮こまってしまう。
     離れた場所から名雪が溜息を吐いているような気がして、祐一はちらりと名雪の方を向く。
     名雪は祐一が思った通り、肩を竦めながら溜息を吐いていた。

 

    「そこまで……俺が嫌いか?」
    「……どうかしら」

 

     祐一のストレートな言い方に僅かに朔夜は動揺をするが、普段と変わり無く言う。
     しかし視線が左右にピクリ、と揺れ動いたのを一瞬だが祐一は見逃さなかった。
     地面に傘を落とすと同時に祐一は、両腕は朔夜の襟首を狙う。
     グイッ、と祐一は朔夜の襟首を掴むが朔夜は気にした様子を見せず馬鹿にした様に鼻で笑う。
     襟首を掴んでいる祐一を退ける為に、朔夜は祐一の手首をキツク握るので祐一が逆に顔をしかめた。

 

    「……無理矢理にでも説得させる気かしら?」
    「二人とも落ち着いてよ」

 

     名雪が仲裁として宥める様に言うが、祐一は逆に怒り出しそうな雰囲気であった。
     はぁ、と名雪は腰に手を当てながら溜息を吐いて二人の手を解かせていった。

 

 

    「……あたしといるより名雪といた方がいいわよ」

 

     朔夜は地面に落ちた傘を拾おうとせずに、雪がちらつく空を眺めながら呟く。
     その呟きは二人に耳にも届いており、祐一がまた掴みかかりそうな雰囲気となる。
     落ち着こうよ、と言う名雪の声によって祐一は落ち着きを取り戻す。

 

    「……名雪の方があたしよりも祐の事を想っているわよ」

 

     その声は若干、寂しさが混じっている様に感じ取れたが名雪は何も言えなかった。
     朔夜は空を眺めた後に祐一から名雪へと視線をゆっくりと移動させる。
     それだけの事を述べると祐一の肩を珍しく朔夜から叩いて、地面に落ちた傘を拾い上げる。

 

    「……これで話は終わりよ」

 

     朔夜は旅館に戻るため話を切り上げて、何も言わずに二人に背を向けて歩き出して行った。
     そして、祐一の悔しさが混じった絶叫が雪降る夜空に木霊した。