ダイニングテーブルには色鮮やかな料理が並べられている。
バランスが良い食事だと分かるように、家族の健康を気遣って作られているのが伝わって来る。
秋子と名雪は既に椅子に座っているが、肝心の人物―――祐一はこの場にはいない。
さっき名雪が祐一を呼びに行ったのだが、名雪がお手上げのポーズで戻って来たのを見て秋子は深く溜息を吐いた。
本当なら待っておきたい所だが、また料理を温め直すのがあるので先に食べる事を名雪が決めてしまう。
秋子は反対したのだが、名雪が自分の意見を変えずに珍しく推しきる。
本当なら数日前の名雪がいない時以外は家族揃って食べるのが水瀬家の恒例となっていた。
はぁ、と秋子は溜息を吐きながら自ら作った料理に箸を付ける。
名雪は眉をひそめつつ思った事を口に出さないで、秋子の行儀に注意をする。
名雪も先ほど祐一の事をあのように言ったが本心は気にしている筈だが、微塵にもその様子は見せない。
「名雪、祐一さんはどうするの?」
んー、と箸を咥えたまま名雪は考えるが秋子より行儀が悪いので秋子から窘められる。
「食べ終わったら、行って見るよ」
「お願いね」
うん、と名雪が頷く事を確認した秋子は喉に刺さっていた魚の骨が取れた様なスッキリした表情で食事を再開する。
「ごちそうさま」
「お粗末様でした」
夕飯を食べ終わると名雪は眉をしかめつつ、椅子が倒れるほどの勢いで立ち上がって2階に向かって行く。
秋子は心配そうに名雪の背中を見つめるが、もう名雪に任せたので食器を片付ける。
名雪は身体を丸める様にしながら、ぎしぎしと音を立てながら階段を上がる。
電気が付いていないので、リビングから洩れる電気しか灯っていないので暗闇に囚われるような感覚が名雪を包む。
祐一の部屋前まで来るが、名雪はめんどくさそうに溜息を吐いてノックをする。
「祐一、入るよ」
「……ああ」
ノックした後にワンテンポ遅れて、返事がこだまする。
室内は名雪が思っていたのは違い、電気が付けられており祐一はベッドに仰向けで寝転がっている。
名雪は椅子の背凭れに前にして、腕を顎に乗せて身体を沈める。
祐一は見上げて視線だけは的確に名雪の顔を見ており、名雪も同様に見下ろして呆れた表情で祐一を見ている。
二人はお互いに口を閉じており、先に相手が喋るの待っているのでそれが原因で悪循環に陥る。
カチカチと時計の秒針のみが音を刻んでおり、数分近くか数秒か分からない程時が経過する。
「朔夜さんに会いに行けば?」
名雪はジーンズのポケットからやや皺が寄っている紙を取り出して祐一の目の前でひらひらと見せつける。
このメモは朔夜が書いた携帯電話の連絡先なので、まったく意味が無い行動。
しかし、祐一は何も知らないのでベッドから身を起こして奪う様に飛び起きる。
名雪は奪われる寸前にさっ、とジーンズのポケットに仕舞い込む。
「よこせ」
「いやだよ。自分で連絡したら?」
はぁー、呆れた風に溜息を吐きながら名雪は腰に手を当てながら祐一を見下ろす。
名雪は自分の携帯電話に登録してある短縮ダイヤルをセットして、後は受話ボタンを押す状態で祐一に渡す。
「後は受話ボタン押せば、愛しの朔夜さんと会話出来るよ?」
急かす様に名雪は言うが、祐一は掛けようともしないでディスプレイをじっと見ている。
数秒近く見つめているがスッ、と祐一は電話を掛けないで名雪に手渡す。
良いの?、と名雪は聞くが祐一は力無く頷くだけであった。
「ああ、何て言われるか分からないからな」
名雪はむっとした表情になり、自分で受話ボタンを押したので祐一は立ち上がって無理矢理にでも止めようとする。
しかし、朔夜が出た方が早かったので祐一は諦めてベッドに腰を下ろす。
祐一は殆ど耳を塞いで会話を聞いておらず、何を言われているか考えるだけで困惑するだろう。
数分近く会話をなされていたが、祐一は自分の部屋なのに居心地が悪そうな表情になっている。
「じゃあ、行こうか」
「……どういう意味だ?」
会いに行くんでしょ、と当たり前の様に名雪は言い切って祐一を引っ張って立ち上がらせる。
名雪はハンガーに掛けてある黒のコートを剥ぎ取り、祐一に渡して部屋から連れ出して行く。
「あ、わたしも行くからね」
はぁ?、と祐一は聞き返すがそれよりも早く名雪はコートを取りに自室に戻る。
名雪はドアに寄りかかって、ドア越しから祐一に聞こえない様に溜息をゆっくりと吐き出す。
「はぁ……わたしも人が良いな」
天井を眺めつつ、呟いた言葉は誰にも聞かれる事も無く掻き消えていった。
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