名雪と朔夜はお互いに沈黙を貫いており、会話が続かないので名雪は深く溜息を吐いて会話を続けようとする。
朔夜は殆ど相槌を打つくらいだけで、自分からは話題を出さないので名雪は話題が尽きる寸前であった。
カチャ、とコーヒーカップは音を立ててテーブルにゆったりと置かれる。
朔夜は空になったカップの底に僅か残っているコーヒーを眺め、飲み干す事は無く顔を映す。
僅かに揺れているコーヒーは波を立てて、朔夜の顔を歪ませる。
まるで自分の心を映した様に歪む顔を見て、朔夜は苦笑いを洩らす。
名雪は白くて花柄のコーヒーカップに口を付けたまま、チラリと覗く様に朔夜の顔を窺う。
「本当に祐一の事は良いんですか?」
名雪はこれが最後の問として、先ほどまで聞いた事をもう一度質問する。
朔夜は顔を顰めて頷くが心なしか戸惑っているような表情だが、名雪はまだ朔夜の表情を読み切る事は不可能だった。
「……ええ、また裏切られると思うとね」
朔夜は恐怖心が露出しており、普通の会話なら大丈夫かも知れないが付き合い直すのは厳しいのを物語っている。
名雪は祐一を庇う為に反論しようとするが、朔夜側で考えると祐一がの方が悪いのは確かなので思い留めておく。
「怖いんですね?」
「……そうね」
名雪も7年前と数日前に祐一に告白して振られた経緯があり、事情はまるで違うが怖いのは分かっていた。
朔夜は恐怖心を出さないが、不信感と嫌悪感が祐一に対してが大半を占めているのだろう。
朔夜はこれで話は終わりかと言う様に、椅子に掛けてあった黒のロングコートを立ち上がって羽織る。
コートの外ポケットからシンプルな財布を取り出して、コーヒー代を名雪に手渡そうとするが名雪は拒む。
「あ、良いですよ。わたしが呼び出したんですから」
「……そう? じゃあ、ご馳走になるわ」
朔夜は財布に小銭を戻して、百花屋の入り口まで歩いて行く。
外は殆ど暗闇に覆われており、百花屋周辺の店の電球と街灯がイルミネーションとして光を灯して綺麗に輝いている。
送りましょうか?、と名雪は言うが朔夜は軽く首を振って断わりを入れる。
「じゃあ、明日の試合は頑張ってください」
「……自分の学校の応援は良いのかしら?」
ぺロリと可愛げに名雪は舌を出して、そういう校則は無いですよと言い切る。
ふん、と朔夜は嬉しいのかよく分からない返事をして名雪に背中を向けたまま手をひらひらと振って行った。
名雪は見送りが終わるテーブルに戻って頬杖を付きながら、もう一度コーヒーのお代りを注文する。
そのコーヒーは先ほど飲んだブラックコーヒーより幾分、味が苦かった。
名雪はお勘定を済まして、外に出ると雪が幻想的にちらつく。
はぁと軽く息を吐くと白く空気が染まり、名雪は冬が到来したのが実感する。
北方に接する町にしては例年より遅いのだが、名雪は気にせずに空を見上げる。
「雪は積もるかなぁ」
誰にも問い掛ける事も無く、名雪は独り言を洩らす。
「でも、積もったら朔夜さん達が帰り難いだろうな」
徐行運転で進む電車の事を考えると、部活で遠征に来たので帰る途中に余計に疲れが溜まるだろう。
名雪は見慣れた空を見上げるのを止めて、ゆっくりと歩き出す。
水瀬家の玄関前は雪が降る中、幻想的に電灯が灯っていた。
家の玄関前に辿り着くと、名雪はコートに手を掛けて雪払いを簡単に済ます。
コートや髪に付いた雪を払うと、しっとりと指先が濡れる。
ブンブンと指先を振ると、水滴となって辺り一面に細かく飛び散る。
「ただいま」
「お帰りなさい、名雪」
家の中はヒンヤリとした外の空気と違い、暖かい空気が充満していた。
秋子は何時もの様に微笑みながら玄関まで迎えに来る。
名雪にバスタオルを渡して、頭を拭きなさいと意思表示を以心伝心で伝わる。
水滴によってしっとりとしている髪を拭きながら祐一は?、と質問を言う。
秋子は汚れがあまり無い天井を見上げたので、名雪はすぐさまに理解をして溜息を吐く。
バスタオルを頭に被せたまま、名雪はリビングに向かって歩いて行くが後ろでは秋子が心配そうな表情であった。
「自分で考えないと意味無いから、放置しておいて良いよ」
辛辣な意見を述べるが祐一の為なので、秋子も納得した表情で頷く。
そうね、と名雪の意見に秋子は同意すると一瞬だけ祐一の自室の方に向かって顔を上げる。
「何があったか教えてくれないかしら?」
「ちょっと、祐一と朔夜さんが喧嘩した感じ」
それだけだよ、と名雪自身が納得する様に呟く。
外は幻想的に降り止まない雪がちらりちらりと降り続けていた。
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