黄昏になりかける時間となっており、学校のグランドはオレンジ色に近い配色になる。
     影は人より大きくなり、まるで人の心を写した生き物の様に足から離れずに付いて来る。
     陽光を遮る為に祐一は手を目の上に上げて、サングラス代わりとして無いよりはマシの感覚として使う。
     それでも陽光は強いので、祐一の細くて目付きが悪い目が更に細められる。
     祐一の左右を歩く、北川と名雪も同じ様に目を細めて陽光を遮ろうとしている。

 

    「惜しくも負けちゃったね。うちの学校」

 

     名雪は横を歩く祐一の邪魔にならない様に、祐一の背中側から北川に首だけを向けて話す。
     試合結果は、前半に開いた12点差が響いて後半に8点差まで詰めたが負けたのが現実だった。

 

    「明日も試合やるようだし、明日は勝つと良いけど」
    「明日は……行かないからな」

 


     一瞬だけ、祐一は二人の方に振り向いてポツリと怒気を僅かに含めて言う。
     名雪と北川は顔を見合わせて、先を歩く祐一の背中を眺めながら溜息を軽く吐いた。
     祐一はGパンのポケットに手を突っ込んだまま歩き出しており、試合を観戦していた時の表情とは違っていた。
     居ない相手に向かって、怒気を発しているが二人に矛先を向けている訳ではないので人事の様に眺める二人。

 

    「本当に相沢の彼女なのか?」

 

     ひそひそと祐一に聞こえない様に名雪の耳元に囁く北川だが、名雪は多分としか言えなかった。

 

    「一応、キスしている所は目撃しているけどね」

 

     名雪は目を瞑り、目撃した事を忘れようとしているが頭にこびり付いた映像はなかなか消えなかった様だ。
     はぁ、と名雪は溜息を消えるように吐くと複雑そうな表情で眉をひそめながら祐一の寂しげな背中を眺める。

 

    「相沢の様子を見ておいた方が良いと思うか?」

 

     うーんと名雪は顎に手を添えながら、数分近く考えるが横に首を振り大丈夫だと言う事を示す。

 

    「自分で何とかしないと意味が無いと思うしね」
    「……何か変わったな。水瀬」

 

     そう?、と言いながら名雪はオレンジ色に染まっている空を眺めながらゆっくりと踏み出す様に歩き出す。
     振られたら変わるよ、と北川に聞こえない様に呟く。
     北川は聞き直そうとするが、名雪の表情を見て何も言わずに祐一を追い駆ける様に歩く。

 

 

    「一度、朔夜さんと話してみようかなぁ」

 

     北川と祐一は既にそれぞれ家に帰っており、名雪だけは手持ち沙汰になっていた。
     名雪は羽織っている白のコートにあるポケットから、折りたたみ式の携帯電話を取り出してジッと視線を固定する。
     先ほど帰る際に朔夜から渡して貰った、アドレス番号とダイヤル番号が書かれた紙を見る。
     普通に飾り気も無く書かれた文字は朔夜の性格を現わしているだろう。
     朔夜の携帯はやや古いバージョンだったので赤外線通信が不可能でこの様な形で渡された。
     祐一はこの事を知らないので、一人で話すことになるのが問題となっていた。

 

    「何とか……なるかな」

 

     気が重そうに小さく溜息を吐いて、アドレス登録をする為に携帯電話を開く。
     名雪らしく携帯電話の待受画面は子猫が写っているのが張り付けられている。
     慣れた手付きでアドレスを追加させていく。
     最後に朔夜の名前を入力して、グループは友人として登録を完了させる。
     朔夜の携帯電話に掛けると、暫らくコール音だけが名雪の耳に響いていた。
     秋子に帰るのが遅れるとメールを簡潔にした文章を送り、朔夜が泊まっている所まで迎えに行く。
     空は既に夕日が落ちており、これからは暗闇の時として街灯が一定間隔で灯っていた。

 

 

    「……何の用かしら?」

 

     朔夜の服装は黒のロングコートに黒のハイネックのセーター、チェック柄のミニスカートだけが茶色であった。
     足元も黒のロングブーツであり、明るい色は朔夜の金髪だけが逆に目立っている。

 

    「何の用って……祐一の事ですよ!!」

 

     名雪は朔夜の深い蒼色の目を睨みながら、語句を強めて言い放つ。
     名雪が声を荒げた為、周りにいる人々は何事かいう表情で二人が座っている席に向かって視線を集中する。
     目立ちたくない朔夜は舌打ちをして、手元にあるブラックのコーヒーに何も淹れずに手を伸ばす。

 

    「……あたしは祐との関係を戻すのは無理ね」

 

     夏に別れる前で既に戻れないと分かっていた、と名雪に淡々と伝える。
     つまり、名雪が最後に見た祐一と朔夜のキスは別れを一方的に込めていたという事実が判明する。
     その言葉にショックを受けた名雪は、嬉しさと悲しさが混じって複雑な表情を作り上げていた。

 

    「これじゃあ……本当の道化はわたしじゃなくて、祐一……じゃないですか」

 

     その言葉は泡沫の様に虚空にあっさりと消えていった。