祐一は足踏みをしながら、まるで下界を眺める神の様に下を覗き込む。
いつものメンバーを一人が欠けており、その人物は下で怒鳴る様に叫んでおり祐一達の耳にもキッチリと言葉が届いている。
下で叫んでいる人物―――香里は忙しなく、首が左右に移動している。
香里の真上に近い席を陣取っている祐一達から見ると、今日は毛先を束ねている香里のロングウェーブが揺れている。
香里は自分の目の前で行なわれている試合に釘付けなので、祐一達に気を掛ける暇は無いのだろう。
バムッと音を立ててバウンドされているボールに祐一は香里から視線を移すが、一瞬の内にボールの持ち主が変わった。
「相沢はどっちのチームを応援しているんだ?」
北川は腕を祐一の首に回して、少し名雪から離れて名雪に聞こえない様にする。
ふむ、と祐一はコートに視線を動かして白色と緑色の両チームのウェアを眺めながら考え出す。
「昨日も悩んだが、これは難しい問題なんだぞ?」
そんなもんか、と北川は祐一を馬鹿にした様に横目で見ると納得した様子で試合を鑑賞し直す。
祐一もこれ以上言っても無駄だと悟ったのか、丁度タイミング良くシュートに移行する選手に視線を移動させる。
綺麗な弧を描いたシュートは音も無くゴールに吸い込まれる様に決まった。
祐一の母校の選手が決めたのだが、祐一が知らない生徒なので北川から選手の名前を聞かれても対応をし様がなかった。
「それにしても引退した香里がベンチにいるのも変な感じだ」
「後輩に頼まれたから、断れなかったと思うぞ」
それは名雪だろ、と突っ込みを北川にいれる祐一。
名雪は自分の名前を言われた事に気付いて、鑑賞を中断して首を傾げて二人の方を見る。
祐一と北川は何でも無いと言うのを教える為に手を顔の前で振るジェスチャーをする。
名雪は何事も無かった様にするが、溜息を二人に気付かれない様に小さく吐き出して鑑賞する。
その顔は用が無いなら呼ばないでよ、と分かりやすく書かれているだろう。
試合の方は殆ど差が無く、15点差なら十分追い付けるチャンスがあるので両チームは殆ど隙を見せていなかった。
香里の激励が自チームの選手達に届くが、その声は現在負けている事で僅かに苛立っているのが感じ取れる。
「香里の機嫌悪いね」
長年、香里の親友なだけあって名雪は僅かな違いが読み取れている。
香里の妹―――栞だったら、はっきりと分かるだろうが、生憎その本人は香里が試合に出ていないので応援には来ていない。
「勝てなかったら後輩は災難だろうな」
祐一は名も知らない後輩達が香里からお怒りを受ける事を想像している様だ。
そこまでは厳しくないか、と言いながら手すりに腕を預けながら展開が変わらない試合を鑑賞する。
ピィーと耳につんざくブザー音が体育館全体に響き渡り、前半が終了した事を告げる。
前半終了時の点差は12点と詰まっており、僅かながら祐一の母校―――成川高校が勝っている。
相手は全国に行っているがこの点差なので香里は先ほどの機嫌の悪さと違い、満足そうに控え室に引き上げる。
「以外と点差開かなかったね」
名雪は祐一と同じ様に手すりに腕を預けて、口に付いた長い髪を鬱陶しげに払いながらコートを覗く。
コートには今までの喧騒が殆ど無く、代わりにモップを掛けている控えの選手らしいのがいるでだけである。
「どっちが勝つと思っているの?」
北川君は?、と名雪が質問すると北川は自分の通っている高校を言う。
祐一は迷いながら成川高校と言い、名雪も北川と同様に母校を指名する。
名雪と北川はわざとらしく祐一から離れ、肩を寄せ合って応援先が違うからと除け者にする様に会話をする。
ひそひそと言う擬音が聞こえてくると思えるほど、祐一には会話の内容が聞こえてこなかった。
「おい名雪、何を吹き込んでいるんだよ」
「別に何でも無いよ」
北川に向かって視線を送る祐一だが、北川は面白そうな企みを考えている表情であった。
名雪も天井を眺める様にして、祐一から視線を逸らしていた。
「まさか、相沢の彼女が選手としてここに居るとはなぁ」
北川と香里には朔夜の容姿を殆ど、教えていなかった祐一なので出来るだけ知られたくなかったのだろう。
朔夜の事を知っているのは祐一を除いて、名雪だけだったがこれで北川の口から香里にバラされるのは時間の問題だろう。
「それにしても、相沢の彼女は無愛想そうだな」
北川は人の悪口に近い事をあっさりと言うが、祐一は殆どが事実なので反論もせずに頷くだけであった。
はぁ、と祐一が深い溜息を吐いたと同時に選手達がコートに戻ってくる。
選手の中には、祐一が引退したと思っていた朔夜を含めて試合が開始される。
ピィー、とブザー音に導かれる様に審判がボールを空に向かう様に高く舞い上げた。
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