カーテンの隙間から漏れる日差しは、室内をカーテンと同じ蒼色に染め上げる。
ボンヤリと蒼く染まった室内の床に二人が座っている。
背中を合わせながら、二人はカーペットの上に腰を下ろしていた。
ただ、会話もせずこうして背中を合わせながらどれだけ経ったのだろうか。
祐一は身体を丸める様に座っており、名雪は右足だけを伸ばして左足は膝を曲げた上に腕を乗せて座っている。
呼吸によって上下に僅か動く胸以外は、殆ど動いていない。
音は時折、外から聞こえる車の音と室内に掛かっている壁時計の音が交じり合う。
背中合わせになっているので名雪の長い髪は挟まっており、その所為で髪を弄るたびに祐一が僅かに動く。
「祐一……行かなくて良いの?」
名雪は壁と天井の中間の方に顔を向けたまま、祐一に語りかける様に質問する。
祐一はビクリと身体を震わせるので、その小さな震えが名雪にも伝わる。
「……行きたくない」
祐一の答えにそっか、と小さく洩らした名雪は一瞬だけ俯いてから顔を上げる。
祐一は質問に答えた時も身動ぎをせずに淡々と答えているので、無気力なのが名雪には分かっていた。
勿論、この答えを名雪は分かっていたので念の為にもう一度問いかけただけであった。
さっきまでの晴れ晴れとした表情は何だったの、と怒鳴りたそうに名雪はシミが1つも無い天井を睨む。
「名雪は……行かなくて良いのか?」
「んー、朔夜さんには悪いけど祐一が心配だしね」
自殺でもされたら困るしね、と誇大な表現だが名雪は心配なので釘を刺しておく。
ちっ、と舌打ちをするが祐一は反論を出来なかった。
心配されている分、反論した所で言い負けるのは眼に見えているし何よりもそんな事を言う気力も無い。
コンコンとドアが控えめにノックされて、蝶番が小さく音を立てて僅かに廊下に洩れる日差しが室内に舞い込む。
ドアの隙間から顔を覗かせたのは秋子であり、心配そうな表情を醸し出していた。
「名雪、ちょっと良い?」
秋子に呼ばれた名雪はゆっくりと立ち上がって、チラリと一瞬だけ祐一を見据える。
名雪は廊下に出て壁に寄り掛かりながら、秋子の話を聞く。
「祐一さんは大丈夫なの?」
「多分、ね」
名雪は"多分"を強調して言うので、確信は殆ど持てていないので首を捻りながら言う。
その答えを聞いて、秋子は手をおでこに当てながら深く溜息を吐いて仰ぐ。
暫らく、二人は沈黙を続けていたが秋子は何も言わずに諦めたようになる。
「名雪に任せるわ……けど、何かあったら呼びなさい」
「うん、そうするよ」
秋子はトントン、とリズム良く階段を降りて行く途中で一度振りかえる。
名雪はひらひらと手を振っており、秋子はそれを見て微笑みながら階段を降りて行った。
名雪は秋子が階下下りた事を音で確認すると、今着ているパジャマの襟を摘みながら自室に着替える為に戻る。
黒のパーカーと青の色褪せたジーンズの組み合わせであり、室内着としては普通だろう。
名雪は祐一の部屋に入ると祐一も既に着替えており、これくらいの気力はあるんだと名雪は呟きながら同じ様に座る。
因みに祐一の服装は茶色のトレーナーと黒のジーンズなので、名雪の服装とそんなに相違は無いだろう。
名雪は湿ったい話になると思っているので、室内のカーテンを全て開けていく。
隣家の屋根に積もっている雪が日を反射させて、視界が白く染まり室内も明るくなる。
空は青く、雲が1つも出ていないほど青天だった。
「外の天気良いのに、祐一の心中は雨かあ」
窓際で外を見ながら思った事をさらりと口に出して、名雪はチラリと祐一を見る。
祐一は日差しを避ける様にドアの方に向かって座っていた。
「祐一は恋愛に関しては臆病なんだね」
「……振られたからな」
はぁ、と名雪はその言葉に反応する様に溜息を吐きながら祐一の傍に移動する。
腰を浮かしたまましゃがみ込んで、名雪はいつもと違う表情に豹変して祐一を睨む。
「わたしも……祐一に振られたんだけど?」
名雪はキチンと立ち直っているが、祐一はうじうじと引きずっており相対的な格好となっている。
たった一度振られたぐらいで、と名雪は語気を強めていく。
名雪は7年前と先日にも振れており、同一人物に二度も想いが伝わらなかったが今は新しく乗り越えようとしていた。
だが、祐一の心理状態がこのようだと名雪自身まで元に戻るかもしれないと危惧しているようだ。
「わたしがまた祐一の事を好きになると思っていたの? 正直に言って」
「……ああ」
グイッ、と祐一の襟首を掴んで無理矢理立たせる。
名雪はそのまま壁際まで祐一を押し込んで、逃げられない様に身体を密着させる。
「もう二度も振られたんだよ? わたしは!! それでもう一度好きになると思う?」
わたしは尻軽女じゃないんだよ、と付け加えて言う。
祐一は俯いており、表情は殆ど分からないがそれでも名雪は構わずに言いたい事をドンドン紡いでいく。
「だから、祐一も立ち直ってよ。じゃないとわたしが前に進めなくなるんだよ!!」
名雪は悲痛な叫びを上げて、祐一の男性特有のがっしりした胸を叩く。
すまない、とポツリと呟く様に謝る祐一。
名雪は愚痴だから気にしないで、と嘘を付く様に慌てて弁解をする。
僅かに名雪の眼には涙の後があるが、祐一は指摘をしなかったと言うより出来なかったと言った方が正しいだろう。
名雪は眼を擦り、涙を誤魔化そうとする。
「祐一は朔夜さんに会いに行かなかったんだから、自分から新しい恋愛を探す事」
ビシッ、と上目使いをしながら祐一の眉間に向かって指を指す。
祐一は覇気に押されたのか、コクコクと機械的に頷くしかなかった。
カチカチと秒針を刻んでいる壁に掛かっている時計を見ると既に9時前を指しており、そろそろバスケの試合は後半が始まる前だろう。
今ならまだ間に合うと思うよ、と名雪は言うが祐一は横に首を振った。
そっか、とさっきと同じ様に呟きながら名雪はカーペットに腰を下ろす。
祐一も釣られる様に一緒に座り込む。
さっきまで座り方と違い背中合わせでは無く、祐一は名雪の真横に座る。
「祐一、さっきのは約束だからね」
「ああ、名雪も約束だぞ」
二人は小指を出して約束を結び付ける。
嘘吐いたら畳針ね、と名雪は7年前に言われた事を思い出してクスッと笑いながら指を切った。
うっ、と祐一は詰まるが名雪に釣られて笑い出して先ほどの雰囲気が四散した。
「これで、わたしと祐一の関係は従兄妹兼親友だね」
「これからもよろしくな、名雪」
改めて挨拶をした所でどちらかのお腹が鳴ったので、二人は照れながらダイニング向かって行った。
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