空は青く染まっており、歪な形をした雲がいくつもふわふわと浮かんでいる。
朔夜は授業を抜けだして、校舎の屋上に来ていた。
制服の上に黒のロングコートを羽織っており、元から屋上に来るのが目的だと分かる。
落下防止柵に寄り掛かりながら座り、先ほど自動販売機から買ってきた無糖味のコーヒーを飲む為にプルタブを開ける。
トン、と僅かに缶コーヒーが零れるくらい強さで床に置いて空を眺める。
空は相変わらず青天であり、変わった事と言えば雲の形が変化したぐらいであった。
朔夜は制服のポケットに仕舞い込んでいたサングラスを取り出して、掛けないで手で玩んでいる。
学校に持ってきたら没収をされるのは目に見えているが、敢えて持ってきた意図は朔夜にしか分からないだろう。
軽く上に投げて、キャッチを繰り返しているうちに数分が立っていた。
朔夜の前にはいつの間に人影が出来ており、その影の形はふわりとスカートがなびいているので女子生徒のものだと分かる。
「よっ、サボっている人」
気軽に話し掛けてくる生徒は朔夜の数少ない親友であり、幼馴染である。
朔夜とは正反対の性格なので、他人からしたら良く仲が良いと思えるだろう。
無愛想でクールな性格の朔夜に対して、親友の音薙 有希はおおらかで明るい性格であった。
容姿も朔夜は金髪だが、有希は今時珍しく左前髪の僅かな茶色のメッシュを除いて殆どが黒髪である。
「……有希には言われたくないわ」
朔夜に言われて、有希はペロリと小さく舌を可愛げに出して朗らかに笑う。
それは言われたくないよね、と有希は分かっている様であった。
有希も、授業をサボって抜け出してきたので朔夜と同類である。
それでも二人は、後に怒られるのは関係無いような晴れやかな表情であった。
朔夜の表情は長年付き合っている者でないと、分からない程微妙な変化だろう。
「……良くここにいるのが分かったわね」
「実は、ここに来たのは最後なんだよ」
要約すると他の場所を探していたという事なので、有希は苦笑いを洩らして朔夜は溜息を吐くしかなかった。
有希は朔夜の横にちょこん、と腰を下ろして上品に両足を左に流す。
朔夜は一度有希の横顔を眺めるが何事も無かった様に再び、空を眺める。
サングラスは左手にギュッ、と握ったまま。
有希は朔夜が飲んでいた缶コーヒーに手を伸ばして、冷め切ったコーヒーを飲み干す。
朔夜も別にこれくらいで怒る訳ではないので、何も言わない。
「さて、私の口が滑らかになった所で祐一に振った感想を」
アナウンサーがマイクを質問する様に、有希は朔夜に思いきって質問をする。
はぁ、と心底とても嫌そうな表情で溜息を吐く朔夜だが、有希はお構いなしであった。
「言えば楽になるよ」
口を一文字に紡いだまま朔夜は黙っており、とても質問に答える状況ではない。
朔夜はゆっくりと頭を振って、言いたくないという事を示す。
暫らく二人は黙って、空を眺めていたがチャイムの音が鳴ったので授業が終わった事を告げられる。
戻る?、と有希は重厚な扉に向かって指を指す。
「……これで、祐は別の人を見つけるでしょ」
あたしを選ばなくても、と朔夜はポツリと呟く。
おっ、と呟いて有希はすぐさまに指を下ろして朔夜の言葉に耳を傾ける。
「一応、後悔しているんだね」
「……そうね」
有希は朔夜を慰めるためにゆっくりと頭を撫でながら、ぎゅっと抱きしめる。
朔夜は驚愕を秘めた表情に変わるが、今だけは有希に委ねる事を決めたようだ。
そして、聞き耳を立てないと分からない程小さな嗚咽が洩れ出した。
休み時間の終了を告げるチャイムが鳴る。
朔夜は有希から身体を離して、濡れた眼は僅かに涙の跡が残ったまま充血していた。
掌の涙の跡をを拭うと朔夜はお礼をポツリと囁くように言う。
どういたしまして、と有希はいつもの様に笑顔で言う。
「スッキリした?」
「……そうね」
有希は立ちあがって、赤と黒が交じったチェック模様のスカートの裾を持って汚れを払う。
朔夜もスカートの裾を叩いて汚れを落とす。
有希は軽く背伸びをして、寒そうに身体を振るわせる。
「寒いから早く戻ろ?」
朔夜は頷いて、手に持っているサングラスに一瞬だけ視線を移す。
軽く空に投げられたサングラスは日差しを反射してキラリと輝き、キャッチする。
有希は扉を開ける前に立ち止まって、朔夜の方に振り返る。
朔夜は思いっきり助走をつけて、槍投げの選手の様に下から上に肩を動かし放り投げる。
投げられた物体―――サングラスは綺麗な弧を描いて、高校付近に流れる中規模の川に向かって行く。
さすが、バスケ部の部長だったと言わざるない強肩であった。
川に落ちたのは屋上からでも確認出来たらしく、朔夜は満足そうに頷く。
「祐一からの誕生日プレゼントだったのに勿体無いね」
「……過去の思い出はお終いよ」
有希はいつの間に朔夜の横に移動しており、素直な感想を言う。
ふん、と朔夜は鼻で笑う。
「このまま、授業をサボってあいつの墓参りに行こっか?」
朔夜は頷いて元からその予定だったのか、あっさりと同意する。
二人は校舎に戻る為に扉前に移動をするが、朔夜は一瞬だけ先ほど立っていた場所に振り返る。
その場所には陽光がさんさんと照らしているだけであったが、朔夜はぎゅっと一瞬だけ目を閉じる。
そして、朔夜は目を開けて校舎に戻って行った。
さよなら祐、と心の中で呟いた言葉を残して。
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