カーテンから洩れている日差しは前日より強く、近隣の家の屋根に降り積もった雪が反射させている。
二人は真っ青に近い空を眺めるが、日差しが強い事と路面が滑り易いので直ぐに正面を見据える。
サクサク、と誰も歩いていない純白の新雪を踏み歩いて行く。
二人の足跡は形もサイズも、歩幅も全て違うのがよく分かる。
名雪は祐一の右側を歩いており、祐一より1歩半遅れて歩いている。
「今日はどっちが勝つと思う?」
名雪は今日行なわれるバスケの試合結果の予想を質問して、祐一の横に急ぎ足で並びながら歩く。
祐一は考えるまでも無く、当たり前の答えなので名雪は言うタイミングを見切って答えを合わせる。
タイミング良く答えを言った事で、二人は小さな笑い声を洩らした。
「ま、そう言うことだ」
笑いながら言うので締まりが無い表情だが、名雪から見れば吹っ切れたのが良く分かるのだろう。
「それにしても、立ち直るの意外と早かったね」
意外という表情でまじまじと、名雪は自分より背が頭1つ分高い祐一の横顔を覗く。
祐一は小さく舌打ちをして、グイッと柔らかい名雪の頬を引っ張り久しぶりに馬鹿な事を堪能する。
思いっきり引っ張った所で、名雪が痛がったので手をパッと放す。
ちょっぴりと赤くなっている頬を擦りながら、名雪はお返しと言わんばかりに倍にして祐一の頬を引っ張る。
「うん、ちゃんと立ち直ったね」
確認するように名雪は述べると、頬を擦りながら涙目になっている祐一を置いて先に歩き出す。
学校に着くと既に体育館は開放されており、音が周辺に響き渡っていた。
二人ははやる気持ち抑えて、昇降口で上履きに履き替えて体育館の2階に続く渡り廊下に向かう。
重厚な体育館のドアを開くとボールをバウンドさせている音がさっきより激しく響く。
既に試合は開始されており、現在は成川高校の生徒がパスを回そうとしているがチェックが厳しくなっている。
祐一は隅々まで見回すがコート上には朔夜がいないので、がっかりと肩を落とす。
祐一は溜息を吐きながらコート脇に置かれている得点ボードを覗くと、僅かにしか点差は開いておらず昨日よりは接戦だろう。
朔夜がいない分、得点を結び付けるのが上手くいっていないのが名雪でも分かったようだ。
「あ、朔夜さんいたよ」
名雪が指指した先にはベンチであり、祐一はコート上だけ見ていたのでコート脇は見逃していたのを失念した。
「何で出ていないんだ?」
「抜け出したのがばれたのかな」
呼び出した本人があっさりと言うが、嫌悪感はあるらしく俯きながらポツリと喋る。
こういう事は今から言っても、無駄なので試合観戦に目を向ける。
朔夜の方に目を向けている間に点差は同点になり、また一からのスタートとなった。
朔夜はベンチで腕を組みながら、スラリとした長い足をゆったりと組む。
目付きは冷静であり、選手の動きを見通すように目付きは普段と変わりが無かった。
昨日の事を既に忘れているような、そんな目付きであった。
「あの表情だと、昨日の事は何にも思っていないな」
苦笑いを洩らしながら、祐一は手すりに腕を乗せて寄りかかる。
名雪も祐一と同じ様な格好をしてそうかな、と朔夜の表情を見ながら呟いた。
結局、試合の結果は1勝1敗で両校とも勝ち負けを味わったのでバランスは良かったのかも知れない。
どちらのチームも1勝では満足はしていないのは、元陸上部の名雪が見ても分かった。
「さて、試合は終わった事だし何処で告白するのかな?」
名雪は口端を釣り上げて、ニヤリ笑って祐一にプレッシャーを掛ける為に耳元で囁く。
「うっ……き、決まってねぇ」
頭を抱え込んで、しゃがみ込んでしまう祐一。
名雪は哀れな表情で溜息を深く吐いて、ポンと意地が悪い祐一の肩を叩く。
頑張れ、と口にはしないで名雪は肩を叩く事で応援をする。
祐一は名雪に肩を叩かれたことで応援されている事が伝わった様だ。
勢い良く立ち上がると、祐一は軽くストレッチをして気合を入れる為に頬を叩く。
「……玉砕覚悟で行動するか」
「無理矢理は駄目だよ」
昨日の事がふっと頭に掠めたので、名雪はしっかりと釘を刺しておく。
うっ、と祐一は小さく呻く。
名雪はスタスタと渡り廊下に向かって行ったが、祐一は何かを考えているのか暫らくはピクリとも動かなかった。
「わたしは帰るから、頑張ってね?」
名雪は自分が想っている人物―――祐一が告白するのは例え、知り合い相手でも見たくないだろう。
「あ、ああ」
気のない返事をする祐一に傍目を振らず、振り切るように走って名雪は帰って行った。
雪の積もっている外に出て校門にどさっ、と身を預ける祐一。
ジーンズのポケットに両手を突っ込んで、寒そうにガタガタと震えながら待ち続ける。
寒さの為どれだけの時間が経っているか不明だが、およそ5分程経った時に前まで見慣れていた制服を着た女性達が出てきた。
この高校の女子制服と違い、何処にでもありそうな紺のブレザー、赤と黒が交じったチェック模様のスカート。
ただ、首元には紺のネクタイと赤いリボンと半々ぐらいに分かれている。
朔夜は紺のネクタイを緩めて付けていた。
祐一が知らないのが当然である1年の女子生徒が、朔夜に話し掛けながら歩いていた。
朔夜は祐一の視線に気付いたのか、話していた女子生徒を人払いする。
その女子生徒は不満そうな表情で離れるが、2年と3年は祐一の事を知っているので祐一に向かって手を振る。
1年だけは不思議そうに祐一、2と3年を交互に見比べていた。
「……先に駅に行ってくれないかしら」
言われた通りに全員が駅に向かって行き、周りに生徒がいないのを確かめる。
チラリ、と朔夜は目を細めて祐一を見据える。
朔夜が何かを言おうとする時、祐一は迅速に行動に移した。
グイッと朔夜を抱きしめて、口付けで口を塞ぐ。
朔夜の柔らかくて甘い唇の部分の感触が、祐一の唇に伝わる。
朔夜は驚愕な表情を浮かべて、祐一から離れようとするがギュッと抱きしめられているので無駄であった。
朔夜の肩に掛けられていたボストンバッグが音も無く、雪一面の地面に落ちるが二人は気付かなかった。
喘ぎ声が耳を澄まさないと聞こえないほど僅かに朔夜から洩れる。
甘い感覚が二人の周辺を時が関係無い程支配している。
暫らく惚けている朔夜だったが、いつもより遥かに眼を吊り上げて祐一を睨む。
「……何のつもりかしら?」
「俺はやっぱり、名雪よりも朔夜の事が好きだから」
それだけを言うと、同じ様に朔夜を抱きしめる。
あ、と声を上げて成すがままに抱きしめられる朔夜だった。
「……本気になるわよ?」
地面に落ちたボストンバッグを拾い、雪で湿った部分をポンポンと払う。
朔夜の言葉に祐一はこれまで無い程に、力強く頷く。
ふん、と鼻で祐一の頷きを馬鹿にするように笑う。
朔夜は左手に巻いている腕時計をチラリと見る。
「……そろそろ行くわ」
「見送りは……いらないか」
ポリポリ、と祐一は照れながら頭を掻いて後輩と同級生にからかわれるのを想像してしまう。
「……じゃあね、祐」
朔夜はいつもより遥かに良い表情―――笑顔で祐一の唇に優しく口付けをする。
その笑顔は少し顔が強張っていたが、祐一でも初めて見た表情であった。
祐一はこの場所から動かず、雪の上に背中から倒れこんで喜びをかみ締めた。
空の真っ青な青天が、祐一を照らし続けた。
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