学校の屋上から名雪は、陸上部が隊列を整えて走っている長距離走を眺めている。
キチンと整えている訳ではなく、どちらかというと団子状態で走っており全員がペースを合わせていると言った方が良いだろう。
どんよりと曇った空の下で、陸上部員達は頑張って走っている。
名雪は落下防止の柵に捉まるようにして、走っている部員を眼で追っていた。
キィ、と重厚であり所々が錆びている金属性の扉が音を立てて開く。
名雪は一瞬だけ音が鳴った方をチラリと一瞥するが、視線は再び校庭に戻される。
この場に来た人物は何も言わないで、名雪と同じ様に柵に捉まりながら視線を校庭に合わせる。
「何の用なの? 香里」
名雪は香里の顔を一瞥して落下防止柵に寄り掛かりながら、どんよりとした空を見上げる。
香里は風によってふわりと乱れるウェーブヘアを押さえながら、校庭を眺めたままだ。
「ん、ただ様子が気になっただけよ」
ひんやりとした北風が吹くので、香里は校舎内に戻ろうとするが名雪は戻ろうとしなかった。
ふぅ、と香里は名雪の行動に呆れた溜息を吐いて名雪に付き合う。
「それにしても……髪を切るとは思わなかったわ」
名雪の髪は腰ぐらいまであった長さが今は、セミロングの長さに切り揃えられていた。
名雪は別に何とも思っていない表情であるが、香里の表情は名雪と正反対であった。
香里は名雪の髪を撫でる様に触りながら、勿体無いとポロリと洩らしてしまう。
「これで、振られたのが実感出来るしね」
「……あまり実感したくないわね」
香里は名雪の髪を撫でるのを止めて、名雪と同じ様に落下防止柵に寄り掛かる。
空は灰色のままであり、今にも雪が降りそうであった。
校庭からは各部活動の掛け声が屋上まで僅かだが聞こえており、特にサッカー部などの声は良く響いている。
名雪は先ほどから、あと数ヶ月で見れなくなる風景を思い出の中に刻み込んでいるのが香里には分かったようだ。
「随分と先の事をするのね」
「そういう香里は……ドライだからあまり関係無いか」
香里は名雪の頬を引っ張り、その言葉に対して無言の怒りをぶつける。
香里が手を放した跡は赤くなっていないので、強く引っ張られてないのが分かる。
「失礼な事を言わないで欲しいわね」
ごめん、と名雪は素直に謝る。
それだけを言うと話題が切り出しにくいのか暫し、沈黙がこの場を支配する。
特に名雪は自分から喋ろうとせずに、香里から会話を切り出すのを待っているのか再び校庭に眼を向ける。
それ以外、ここに来る理由は殆ど無いのは香里にも分かっているようだ。
香里は聞く事を決心したのか、名雪の女性らしく整った顔を見据える。
「名雪は……悔しくないの?」
「悔しくないと言えば……嘘になるね」
ふぅ、と鬱憤を晴らすように名雪は小さく溜息を吐いた。
名雪は言いたい事があるのか、僅かに言いよどむ。
「何故、負けたのかが……分からないのが悔しいな」
落下防止柵にズルズルと滑る様に身を任せたまま、力なく座り込む。
香里は何と言えば分からないらしく、慰めようとするが名雪は首を振って拒否をする。
でも、と名雪は言いかけて晴々な表情で立ち上がり叫ぶ。
「祐一がわたしに振り向かなかったのを後悔させるよ。朔夜さんより心も外見も綺麗になって」
「綺麗なだけじゃ駄目だと思うけど、頑張りなさい」
香里は励ます為に、ポンと名雪の肩を叩く。
ん、と名雪は力強く頷きその表情は一点の翳りがなかった。
どれだけ時間が経ったのだろうか、空からはチラリチラリと雪が降ってきていた。
その雪は細かく、とても積もる程の勢いで無いだろう。
名雪はコンクリートの上に置いてある鞄を持ち上げて、帰ろと香里に一言声を掛ける。
香里も寒そうに身体を僅かに震わせながら同意して、鞄を肩に掛ける。
「そういえば、相沢君は家での様子はどうなの?」
階段をリズム良くトントン、と下りて行く途中に香里が質問を問いかける。
名雪は肩を竦めて、オーバーリアクションをする。
「毎日、祐一から電話しているみたいだよ」
携帯電話の便利さがアダになっている感じ、と名雪はぼやきながら階段を降りて行く。
「後は、祐一は祐一のお母さんと揉めているんだよね」
進学の事で対立中だよ、と説明をする名雪だが香里の顔は引き攣っていた。
香里は何となく揉めている理由が想像出来たようだ。
昇降口で二人は上履きから靴に履きかえる。
「こんな所かな? 祐一の家での状況は」
「相沢君も大変ね」
香里は関係無さそうに言って溜息を吐きながら、雪が降っているどんよりとした空を眺める。
「どっかによって行く?」
「うーん、思いっきり叫びたいからカラオケにでも付き合って」
名雪は香里が承知する前に、自分から先に走り出した。
数m走った後、名雪は香里に向かって振り向き笑顔で早く行こうと催促する。
その表情は既に祐一の事は吹っ切れている顔であった。
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