どんやりとした空に近い場所―――屋上にいる二人は落下防止の柵に寄り掛かって座りこむ。
     冷たい空気に触れていたコンクリートの床は、二人の顔を顰めるほど効果があるようだ。
     茶髪の前髪を垂らしている人物は風によって、髪がゆらゆらと自分の目の前を揺れているが気にせずに空を眺める。
     右の頬がやや赤くなっており、先ほどまで引っ張られていたので頬を擦りだす。

 

    「くそ、反撃されるとは不覚だ」
    「珍しい物を見せてくれてありがたいぞ」

 

     舌打ちをしながら軽くだが拳を隣に座っている相手に出すが、あっさりと掌に止められてしまう。
     そんな事をしている間に頬の赤みは完全に消えており、血色が良い肌色に戻っている。
     だが、本人は直っている事を確認する事が出来ないので北川が確認をしただけで特に言う事では無いので何も言わない。

 

    「授業出ている奴は大変だろうな」

 

     そう、この二人は教師が入室した途端に抜け出して屋上に来た訳である。
     教室から抜け出した時は背中に罵声が浴びさせられていたが、気にせずに走り抜いて来たのであった。
     教室では非難轟々だろうな、とお互いにタイミング良く口に出して笑いあう。
     その笑い声は空が曇っている事が関係無い様な笑い声であり、校庭で走っている生徒達が何事かと屋上を見上げる。

 

 

     キィと小さな音を立てて、屋上へ繋がる鉄製のドアが開く。
     コツコツと二人が座って居る方に靴音を立てながら近付いて行く。
     二人は音に気付いたのか、気付いていないのか分からないが空を見上げている。
     視界が人影に覆われると、二人は視線を空から傍に立つ人に切り替える。
     人影は長いロングウェーブが僅かに分かるくらいであり、髪は緩やかな風によってなびかれていた。

 

    「やっぱり、ここに居たのね」

 

     ん、と祐一はそれだけを言うと時計を持たない主義なので時間は分からないがチャイムが鳴っていない事のは覚えている。
     北川は何も言わないで自分達がさぼっているので強く言い出せないのだろう。
     ロングウェーブの女性は風によって乱れる髪を左手で押さえ、スカートの裾が捲れない様に注意しながら二人と同じ様に座りこむ。

 

    「……名雪はどうした?」
    「真面目に授業を受けているわよ」

 

     ほぉ、と大げさに驚いて肩を竦める様にポーズを取って祐一は苦笑いを洩らす。
     だがその笑いは女性―――香里の冷たい視線によって遮られる。
     祐一は竦めた肩をゆっくりと顔の前に広げて、降参のポーズを取ると同時に鋭い目付きだった香里の目が穏やかになる。

 

    「相変わらず、オーバーリアクションね」

 

     ふん、と鼻を鳴らして祐一は子供見たくそっぽ向くが逆に香里は祐一の行動を見てクスッと笑う。

 

    「学年主席がさぼるのも珍しいな」
    「あら、あたしだってさぼる時はあるわよ? 彼方達がさぼってあたしがさぼるのはいけないのかしら?」

 

     北川は嫌味の様に言うが、香里はあっさりと切り返して反論を言わせる隙を与えないで北川を押し黙らせる。

 

    「相沢君、何があったか言ってくれないかしら?」

 

     ご苦労だな、と祐一は茶化す様に答えて日が出ていないどんよりとした空を眺めながら語り出す。

 

 

     祐一が話終わった後、北川と香里は押し黙って身動ぎも出来ないままであった。
     北川の中では名雪がその様な行動するとは思っていなかった様だが、香里だけは表情が痛ましい物である。

 

    「ごめんなさい相沢君。あたしがあんな事を言わなければ……っ!!」
    「まぁ、名雪があの行動を自分から思い付かないだろうしな」

 

     香里は艶の良いロングウェーブの髪が乱れるのも構わずに祐一に頭を下げて謝り、祐一の顔を驚愕に染める。
     祐一は香里がここまで頭を下げて謝るとは思っていなかったので、ポカンとしている北川と顔を合わせてしまった。

 

    「俺はそこまで気にしていないぞ、香里」

 

     その言葉に釣られてゆっくりと顔を上げる香里だが、まだ顔には悲痛さが映っている。

 

    「名雪が本心から言ってくれたのが、ありがたかったしな」

 

     想いには応える事は出来なかったがな、と祐一は苦笑いを洩らす。
     今までの名雪は祐一に対して想いを完全な物を見せずに隠していた所があった。
     なので、祐一は名雪の口から想っている事を言われたのは嬉しかったのだろう。
     告白の仕方が問題あるが、それでも想われていた事を考えると名雪は行動して良かったのだろう。

 

 

    「そろそろ授業が終わるし、戻ろうぜ」

 

     北川はデジタルで味気の無く、秒針が刻まれている腕時計を見ながら二人に声を掛ける。
     香里はあまり汚れていないと思われるスカートの裾を払いながら立ち上がる。

 

    「さて、名雪は真面目に授業出ているかしら?」
    「今の俺達よりは真面目に出ているだろう」
    「違いない」

 

     三人はどんよりした空に近い屋上から、笑い合いながらまだ授業が終わっていない教室に戻って行った。