タイマーをセットしておいたエアコンの暖房が動き、少しずつ部屋が暖かくなっていく。
     祐一は布団の中で、もそもそと這い付くばって枕の横に置いてある時計 代わりとして使っている携帯電話に手を伸ばす。
     祐一が持ち出した瞬間、携帯は爽快なメロディと振動によってボンヤリとした祐一の寝起きの表情を覚醒させる。
     軽く欠伸をしたまま、布団から這い出ようとするが暖房が完全に部屋の隅まで行き渡っていないので掛け布団を身体に丸める。

 

    「これだから北国は……」

 

     11月でも寒いのか、と独り言を洩らして自虐的に苦笑する。
     布団を身体に掛けたままカーテンを開けるが日が差しておらず、どんよりと黒い雲が空を覆い尽くしていた。
     そのため、祐一は身体をぶるりと震わせながら溜息を吐いた。

 

    「……雨か雪が降る可能性は高そうだな」

 

     もう一度、深く溜息を吐いて部屋が暖かくなってきたのでハンガーに掛けてある制服に着替え出した。

 

 

     ダイニングキッチンでは秋子が何時もの様に朝食を準備しており、他の家と同じらしく朝は忙しい様だ。

 

    「おはようございます。祐一さん」
    「おはようございます」

 

     秋子は挨拶を済ますと、洗濯物を持ってパタパタとスリッパの音を立てながら室内干しする為にリビングに移動する。
     祐一はトーストをセットして、コーヒーを淹れる為にドリッパーにコーヒー粉をゆっくりと落とす。
     お湯を注ぐと同時に、カフェインの匂いが祐一の鼻腔を刺激して僅かにボンヤリとしていた表情が変わる。
     コーヒーが淹れ終わると同時にトーストが焼き上がる音がキッチンに音を奏でる。
     祐一は焼き立てのトーストを頬張りながら、秋子が洗濯物を干している背中を眺める。
     その背中は洗濯物を干しているので、秋子の三つ編みはゆらゆらと振り子の様に揺れていた。
     壁に掛かっている時計を眺めると丁度良い時間を指しており、のんびりと登校出来る時間であった。

 

    「祐一さん、今日は名雪を連れて帰って来て下さいね」

 

     祐一が玄関で靴を履いていると、秋子は何時もより語句を強めながら言って来たので有無を言わずに祐一は頷くしかなかった。

 

    「じゃあ、行って来ます」
    「はい、行ってらっしゃい。祐一さん」

 

     祐一は寒さの為に肩を震わせながら、何時もよりのんびりとした歩幅で学校に向かって行く。
     秋子は門前まで祐一を見送ると、何時もの様に微笑んで家の中に戻って行った。

 

 

     どんよりとした雲の所為で殆ど日差しは無く、祐一は寒さと天気の所為で気分が滅入る様であった。

 

    「はぁ……雪が降っていないのはマシか」

 

     教室内から空を見上げるが相変わらず、どんよりとした雲が覆っており何をしても天気は変わらなかった。
     ガラリと扉が開く音が祐一の耳に入り、そっちの方を向くとクラスメイトの一人が入室して来た。

 

    「ういっす」
    「今日は早いな。相沢」

 

     そんな時もある、と祐一は答えると金髪の男子生徒―――北川 潤はニヤリと口端を歪ませた。
     北川は水瀬と何かがあったのだろうと推測を考えて、口に出そうとするが聞くより言ってもらった方が良いと結論を出した様だ。
     祐一は北川の表情を訝しそうに見るが何事も無かった様に席に座って、北川との雑談を始め出した。

 

 

     時間が経つとガラガラだった教室は少しずつクラスメイトによって賑やかな教室に変わっていった。
     祐一は隣の席をボンヤリと眺めるが、その祐一の視線に気付いたのか名雪はそっぽ向く。
     祐一は名雪の向かって怒鳴りたくなるが、ぐっと堪えて腕を組みながら椅子に深く座り直した。
     後ろの席では北川と香里がお互いに顔を合わせて、同時に溜息を吐いた。
     石橋教師が入ってくると同時に立ち話をしていた生徒が自分の席に移動し始める。
     全員が席に着いた事を石橋は出席を取り、簡単に連絡事項を伝えると教室から出て行った。

 

    「それにしても名雪が早く起きるとは思わなかったわ」
    「泊まりだったのか?」
    「そうだよ。でも祐一は寝坊してくると思っていたのに」

 

     北川の質問をあっさり答える名雪は祐一に対して毒舌を放ち、美坂チームを沈黙させてしまった。
     ちっ、と祐一は舌打ちすると名雪の柔らかい頬を掴むが名雪もお返しと言わんばかりに祐一の頬を引っ張る。

 

    「やっぱり、何度見てもこの二人は仲が良いわね」
    「そうだな」

 

     頬の引っ張り合いをしている二人は教師が来るまで、続いていたのでクラスメイトの視線が暖かい物に変わっていた。