祐一は水瀬家に帰宅すると秋子が何時もの様に微笑みながら、キッチンから一言を言う為に玄関にやって来た。

 

    「ただいま、秋子さん」
    「おかえりなさい祐一さん、名雪?」

 

     名雪の声が聞こえないので首を傾げて、秋子は隅まで整った眉を訝しそうに八の字にして祐一を見据える。
     祐一は名雪からの伝言を一句も洩らさずに的確に秋子に伝えて、靴を脱いで玄関に上がり込む。
     秋子は何も言わずに深く溜息を吐いて、料理をしている途中だと思われるキッチンに戻って行く。
     キッチンからは美味しそうな匂いが、玄関にいる祐一の鼻腔を何度もくすぐる。
     祐一は名雪が帰ってこない所為での秋子の寂しげな背中を眺めながら、2階にある自室に着替えに行く。
     祐一は部屋に入り込むと身を震わせながら、寒さに愚痴を溢しながらエアコンの暖房を起動させる。
     暫らくすると暖かい風が室内に充満して、祐一は着替えを開始するが暖房が入っていても寒そうに身体を震わす。

 

    「冬は嫌いだ」

 

     ポツリ、と自分の思っていた事を口に出して祐一は苦笑いを洩らす。
     黒のジーパンに赤いトレーナーに着替えエアコンの暖房を付けたまま、祐一は部屋の電気を消してリビングに向かった。

 

 

     ダイニングには秋子が座っており、あとは料理を出すだけの段階の様である。
     料理の匂いは香ばしい物であり、祐一が唾を飲み込む行為をする程良い匂いであった。

 

    「祐一さん、話してください」

 

     祐一は放課後の出来事を的確に話すと、さっきと同じ様に秋子は大きく溜息を吐いた。
     自分の娘がこの様な行動をした事に対しての溜息であり、祐一を咎める物では無かった。

 

    「まったく、名雪は……」

 

     秋子の眉間には皺が寄っており、誰が見ても怒っているのが分かる表情であった。

 

    「ごめんなさいね、祐一さん。名雪がとんでもない事をして」
    「いえ、そんな事ないですよ」

 

     秋子は立ち上がってこの話を打ち切る様に、キッチンに向かって行った。
     このまま話していると、料理が不味くなるのも困ると言う思惑もあるのだろう。
     秋子は皿に盛り付けをしながら、鼻歌を歌っており祐一から見れば何時もの秋子の行動であった。

 

    「所で、祐一さんの彼女ってどんな人です?」

 

     秋子の質問によって祐一はお茶を濁す様に返答に詰まってしまった。
     秋子は祐一の表情を見て微笑みながら、名雪は勝てない訳ねと祐一に聞こえない様に呟いた。
     祐一は唸っており、どの様に説明しようか迷っている様であった。
     秋子はその様子を眺めながら、料理を盛り付けた皿をテーブルに運び出す。

 

    「まあ、なんて言うか無愛想な幼馴染です」

 

     祐一がそれだけの情報を開示して、秋子はクスッと笑い声を洩らす。
     秋子は祐一の彼女の顔が気になり、想像してみるが全く思い浮かばなかった様だ。
     秋子は食べ終わったら写真を見せてもらう様に頼んだら、あっさりと了承を得たので秋子は楽しみな表情を浮かべていた。

 

 

     食事が終わると祐一は、写真の代わりに携帯電話に保存してある画像を秋子に見せる。
     その画像には中心に祐一が写っており、左右には朔夜と有希が写っているが朔夜だけは不機嫌な顔で写っていた。

 

    「こっちの子ですね」
    「はい、そうです」

 

     秋子は見せてもらっている画像を眺めて、すぐに祐一の彼女が分かり問い掛けた。
     秋子は暫らく画像をスクロールさせて別の画像をこっそり鑑賞して全て見終わった後、祐一に手渡す。

 

    「この画像を見て思いましたけど、名雪は勝てませんね」

 

     秋子の目線からだと名雪が付け入れない程、仲が良さそうに写っていたのが多数あったのでポツリと呟く。
     祐一は秋子が他の画像まで見た事が、分かるが特に見られても困る物では無いので何も言わなかった。

 

    「それにしても祐一さん、もてていますね」
    「そんな事無いですって」

 

     秋子は祐一と一緒に写っている有希を見て呟くが祐一にとってはただの友人なので、もてているとは思わないのであった。
     その為この説明をすると秋子は微笑んで、祐一の事を見守る様な表情である。
     祐一はこの意図が掴めていないのか、秋子に向かって目線を送るが秋子は何も言わずに微笑むだけであった。

 

 

     暫らく談話に花を咲かせていたが、祐一が壁に掛かっているシンプルな時計を眺めると22時を過ぎていた。

 

    「おやすみなさい。祐一さん」
    「おやすみなさい。秋子さん」

 

     秋子は軽く欠伸を噛み殺しながら三つ編みを解いた髪を揺らし、リビングからゆっくりとした足取りで出ていった。
     祐一もリビングの電気を消して自室に戻り、暖房で暖かくなった部屋にほっとした溜息を吐きながら布団に入る。

 

    「名雪は明日の朝は大丈夫なんだろうか……」

 

     まあ良いか、と呟きながら祐一はゆったりと眠りに落ちていった。