授業と言う縛られた鎖から解き放たれた学生達は、喋ったりしながら教室から出て行く。
     部活に向かう者や、暫らく教室に残っている者など様々な違いが現れた教室は夕日によってオレンジ色に染まっている。
     黄昏の教室は机、椅子そして人の影を長く伸ばしており夕日との相乗効果で別の世界の様になっていた。
     教室に残っている者は徐々に減って行き、最終的は男女が一人ずつ残っていた。
     男子生徒は両手をズボンのポケットに突っ込んだままであり、女子生徒は男子生徒に詰め寄る様に密着していた。
     男子生徒―――相沢 祐一は深く溜息を吐きながらポケットから左手を出して軽く頭を掻きながら、この雰囲気を無くそうとする。
     しかし、女子生徒―――水瀬 名雪の方はそんなに軽々しい雰囲気では無かった。

 

    「7年も想っていたのに……何でだよ!!」

 

     祐一は眉間に皺を寄せつつ名雪をなだめるが、まるで効果が殆ど無かった。
     名雪は祐一に向かって、今まで想っていた事をマシンガンの様に言葉を吐き出して紡いで行く。

 

    「だから、従兄妹としてしか見れないって言っているだろ?」

 

     名雪の言葉を止める為に祐一は上から被せるように遮る。
     祐一は眉間に皺を寄せたままであり、不機嫌な表情であるが名雪は気付いていない様であった。
     祐一の言葉で少し名雪は落ち着いた様な表情を覗かせて、暫し考える為に沈黙をする。
     ふっ、と名雪は軽く溜息を吐くと考えていた事を実行しようと動き出す。
     青のラインがあり学年が3年だと分かる制服の純白ケープに、名雪はゆっくりと手を伸ばす。
     蝶結びされているリボンがはらりとケープと一緒に床に落ちる。
     祐一は名雪の行動を押さえようとするが、名雪は気にせずに制服のボタンを上から外していく。
     ボタンを二つ外した所で名雪は、不敵そうな表情で祐一に近付き自分の胸を見せる様に密着する。

 

    「これでも駄目かな?」

 

     僅かに制服を横にずらして、薄い青のブラジャーが祐一の目に飛び込む様にする。
     しかし、祐一は目を瞑りながら頭を左右に軽く振りながら名雪を押し返した。
     名雪は押し返された事で、身体を小刻みに震わせながら俯いていた。
     祐一は名雪の後ろに落ちたケープを拾って、軽く埃が付いた部分を払って名雪の頭にはらりと落とす。
     ケープによって名雪の表情が、どの様になっているか分からないままであったが祐一は名雪が落ち着くまで傍に佇んでいた。

 

 

     既に外は暗くなっており冬だと言う事を実感させられる程、日が落ちるのが早くなっていた。
     教室の電気を付けると外を見渡せる様になり、様々な場所で街灯や家の光が点っているのが教室からでも確認が出来た。

 

    「……落ち着いたか?」

 

     名雪は返事をせずに、軽く頷いたので頭に乗せられたケープが僅かに揺れる。
     祐一はそれだけを確認すると、会話を切り出すタイミングを窺う様に再び沈黙を選択する。

 

    「……どうしてだよ」
    「あー、繰り返す気は無いから単刀直入で言うぞ?」

 

     それでも良いなら、と一言付け加えて祐一は自分の席の椅子を引き出して座るが冷え切った椅子の所為で小刻みに何度も身を震わせる。
     足踏みをしながら名雪の返答を待つが、椅子の冷たさによってまともに言えそうも無いと判断したのか祐一は立ち上がる。
     祐一が立ち上がった瞬間に名雪は小さく頷いて、答えを促す様に俯いたまま睨んできた。

 

    「……朔夜が好きだからだ」

 

     それ以外は理由は無いぞ、と言う表情の祐一はそれ以上語らないで沈黙をして名雪の様子を窺い始めた。
     祐一が理由を語っても名雪は顔を上げずに俯いたままであり、長い膠着状態であったので祐一からして見れば早く切り上げたい所だろう。

 

    「……これじゃあ、わたしが道化だよ」

 

     名雪は力無く言葉を吐き出しながら、頭を左右に振って長くて艶のある髪がはらはらと乱れる。
     頭を振った時にケープがもう一度床に音も無く落ち、名雪の表情が露になる。
     唇をぎゅっとかみ締めており、悔しさが現れている表情であった。

 

    「……すまん」
    「……謝らないでよ。余計不憫になるのはわたしだよ?」

 

     名雪は寝ている時とはまた違った様に目を細くして、祐一を睨み出した。
     この表情のまま名雪はケープを拾い埃を払ってから肩に掛けてから制服のボタンを閉じてケープを結び直す。
     その手付きは震えており、悔しさが抜けていないのが窺えた。

 

 

     二人は校門まで一言も喋らず、重い空気が二人の間を支配しており気まずい雰囲気であった。
     校門を過ぎると名雪は立ち止まって、考える様に腕を組んでいたので祐一は訝しそうな表情を名雪に向ける。

 

    「祐一、今日は家に帰らないからお母さんに伝言宜しく」

 

     祐一が叫ぼうとする前に、名雪は元陸上部の脚力によって家とは反対方向に向かって走って行った。
     祐一はその背中を見送る事しか出来ずに大きく溜息を吐きながら、居候先の水瀬家にのんびりと向かって行った。