ジリジリと陽射しが伸びている夏の朝、祐一が寝ているリビングは急激に暑くなっていた。
     カーテンを閉めていなかった為でもあるが、そのため祐一は何度も寝返りをうっていた。
     しかし祐一を起こしたのは暑さによってでは無く、昨日リビングで祐一を反省させた秋名によって起こされていた。
     優しく起こす事を秋名は無かったことにして、祐一の腹に向かって蹴りを入れる。
     ドスッ、としっかり鳩尾に入った重い一撃であった。
     この衝撃によって祐一は呻き声を上げながら、最悪に近い目覚め方をした。

 

    「どうした? 朝の挨拶を忘れているぞ祐一」
    「……ぐっ、おはよう母さん」

 

     祐一は軽く咳き込みながら秋名の事を睨みながら、息を整えようとする。
     しかし秋名は何事も無かった様にソファーに座りこんで、煙草を咥えこんでいた。
     既に秋名は昨日ガス欠になったライターの代わりを寝室から持ってきていた。
     今度は昔から秋名が愛用しているジッポーの蓋を開き、火を付ける。
     ライターと違い、ジッポーは勢い良く火が伸びており秋名はその火を暫らく目を細めて見つめていた。
     暫し、動かないまま火を見ていたが咥え込んでいた煙草を思い出したのかのんびりと火を煙草の先端に付ける。
     ジッポーの蓋を閉めてからテーブルに投げる様に置き、煙草を口元から離して紫煙を吐き出す。
     秋名はスラリとした足を組み替えて、祐一の目をジックリと全てを覗く様に長い間見詰める。

 

    「ふん、流石に反省したか……でどうする?」

 

     煙草の灰をトン、と指で振動を与えて灰皿に落としながら祐一に質問をする。
     祐一はパラパラと落ちつつ行く、灰の動きが終ると同時に質問の答えを言い出した。

 

    「ああ、あいつとの約束をして見ようかと思う」

 

     祐一は秋名が言おうとしていることを遮ってこの約束は言われた事じゃない、と付け加える。
     ほう、と秋名は洩らしてから小さな声で笑い出す。
     祐一は笑われた事に眉を顰めていたが、秋名がその事を認めたのが分かると祐一の表情が弛み出した。
     暫らく、リビングでは二人の笑い声が響いていた。

 

 

    「さて、その約束からすると進学の方か……」

 

     秋名は祐一が頷くのを確認すると、煙草を咥えつつ祐一の今後を考え出した。
     ソファーに深く腰掛け直してから深く思考をする。
     数分が経ったが、秋名が動いていた事は煙草の灰を灰皿に落とすぐらいであった。

 

    「……じゃあ、向こうの大学に行け。こっちのは駄目だ」

 

     それが約束をしても良い条件、と秋名は付け加える。
     この意図は朔夜と有希に顔合わせさせない為の事が秋名の頭の中にあったのだろう。
     祐一は一言も反論をせずに頷いて、その条件を飲み込んだ。

 

    「ん……じゃあ、祐一の今後も決まったしあたしは戻るか」

 

     戻る、と言う言葉を少し変に思ったのか祐一は首を傾げて秋名に聞き返す。

 

    「戻るって向こうに戻るんだが?」

 

     向こうとはつまり祐一の父親であり、秋名の夫がいる出張先の海外に戻ると言う事を指していた。
     秋名は既に昨日、祐一が墓参りに行っている間に寝室にあるパソコンで予約していたので祐一の行動を見据えていた。
     秋名は基本的に放任主義だが、祐一の行動は長年一緒にいるので分かっていた事だった。
     はぁ、と口を情けない表情を浮かべた祐一を見て腹を抱えながら笑い出す秋名。

 

    「それにしても、相変わらず急な行動だな」

 

     貶された様に感じたのか秋名はちっ、と舌打ちをして寝室に荷物を取りに行った。

 

 

     秋名は玄関に座りこんで、靴紐を解いて結び直していた。
     横には着替えが詰まっていると思われる蒼いボストンバッグが置かれていた。
     祐一は秋名の後ろに佇んで秋名が靴紐を結び直すのを待ちつつ、自分の部屋で寝ている名雪が下りてこないか待っていた。

 

    「母さん、名雪は良いのか?」

 

     んー、と秋名は一瞬考え込むが首を横に振るので祐一は仕方ないという表情になる。
     玄関を開けるとセミの鳴き声が耳につんざく様に鳴っていたので、余計暑苦しいなっていた。
     祐一は秋名を見送る為に一緒に駅まで歩いて行った。
     秋名は祐一にボストンバッグを渡して、自分は腕を組みながら手ぶらのまま歩いていた。
     祐一からの視線を殆ど無視して先に歩き出しており、祐一は溜息を吐くだけで文句は言えなかった。

 

 

    「じゃあ、キチンと約束やれよ」

 

     二人は駅の構内で話しているが他人は気にした様子も無く、殆どが人の流れに乗って別の所に行く。
     祐一は秋名にボストンバッグを手渡して、何も言わずに手だけを振って帰ろうとする。
     しかし、秋名が祐一の事を呼んで自分の方を振り向いた瞬間にジッポーを山なりに投げる。
     祐一は慌ててジッポーをキャッチすると秋名は既に改札を入って行った後だった。

 

    「さて……帰って名雪を叩き起こすか」

 

     祐一は貰ったジッポーをジーパンに捻りこむ様に仕舞いこんでから鼻頭を掻きながら帰宅を開始した。