コチコチ、と時計の秒針は刻む音だけが響いて二人は沈黙をしていた。
     名雪はフローリングに飛び散った様に見える血の斑点を雑巾で拭いていた。
     祐一も手伝おうとしたが名雪に制されたので、ソファーに座りこんでいる。
     名雪は床に落ちていたライターを拾い、オイルを覗き込んで左右に傾ける。
     しかし、オイルは空なのでこの行動は意味が無かった。
     暫らく、空のライターを眺めていた名雪だがそのままガラス張りテーブルの上に置く。

 

    「この時間に名雪が起きているのも珍しいな」

 

     名雪は口を尖らせてながら、フローリングを拭く行為を止めてから祐一の方を向く。
     名雪の顔は笑っているが目は笑っていないので、祐一は素直に謝った。
     しかし、会話は殆ど続かず二人とも気まずさから切り出せないでいた。
     祐一は自分から切り出す話だと思ってはいないので、聞かれなかったらそのまま言わないでおくつもりだった。
     この事はあまり他人には話したくないのは確かだろうし、従妹であっても出来れば祐一としては言いたく無いだろう。
     名雪としてはこの事は、気になる事項であるが祐一の事を傷つけるのではと思っている。
     そのため、二人の間では気まずい空気がリビングを充満しておりなかなか話掛ける機会が恵まれないでいた。

 

 

     暫らく、沈黙がこの場を流れるがこの雰囲気に嫌気が差したのか名雪から会話を切り出した。

 

    「ねえ、祐一詳しく教えて欲しいよ」

 

     やはり、と祐一は呟くが仕方ないという表情になり話し出そうとするが躊躇っているのかなかなか切り出せなかった。
     名雪は祐一の対面に座り、祐一が話し出すのを待ち続けた。

 

    「母さんからはどれだけ聞いたんだ?」

 

     うーん、と唸りながら名雪は秋名から聞いた事を断片的に言い出した。
     名雪が聞いた事は殆どはあっているが、一部だけが違いがあったので祐一は修正をした。

 

    「名雪、それはちょっと間違っている」

 

     祐一は一部分の修正をしようとするが、下唇をキツク噛み僅かに血が滲む。
     名雪は祐一に詰め寄って心配そうにその傷を見つめる。
     平気だ、と祐一は言い放って名雪が自分に近付くの突き放そうとする。
     突き放そうとしたした時に、ハッと祐一は我に返って一言名雪に謝る。
     名雪は気にしないで、と言いながらもう一度祐一の対面に座る。
     祐一は遂に口を開き、秋名がキチンと教えなかった事を自分の口から真実を語り出す。

 

    「母さんの言い方だと、俺の親友と簡単に会う様な表現だったな」

 

     祐一は名雪の方を向きながら神妙な表情で確認すると、名雪がしっかりと頷いたのを確認する。

 

    「まあ、あいつがこっちに来ていたら会えると思うのは確かだ」

 

     その表現に名雪は首を傾げて、話の意図を掴もうとしている。
     来ていたら、の表現の解釈がなかなか掴めない名雪を見て祐一は溜息を吐いた。
     名雪は祐一が答えを言おうとするのを制して、自分で答えを言おうとする。

 

    「もしかして……死亡しているの?」

 

     祐一の顔は悲痛によって顔をしかめた表情になっているが、それは心の痛さを我慢している為だった。
     もう良いよ、と名雪はこの話を祐一が話すのを止めようとするが祐一は首を振ってそれを拒否する。

 

    「俺が有希に手を出さなければ、あいつも生きていただろう」

 

     スッ、と目を閉じた祐一はやはり心の痛みがキツイのか顔を歪めたまま目を閉じていた。
     そのため、名雪はこの親友達がばらばらになった理由が僅かだが掴めたような気になっていた。
     そして、祐一は落ち付きを取り戻したのか目を開けて名雪の顔を見つづける。
     名雪は祐一が自分の顔を見ている理由は特に無いと思っているので、そのままにしておくようだ。

 

    「続きは聞きたいのか?」

 

     祐一は名雪のやや眠そうになって来ている表情を眺めながら、話の続きの事を聞くかを名雪に質問をする。
     名雪はうとうとしながらだが、はっきりと意思があるように頷いたのを祐一は確認する。

 

    「そうだな……有希に手を出したのは物の弾みだった」

 

     その時に起こった事はただ押し倒したのが原因として、祐一の心にこびり付いていた。
     そのあとの行為を祐一は自制心では殆ど止められなかったのが悔やんでいた。
     有希はこの事をすぐに水に流してくれたので、祐一は少し心が軽くなっていた。
     だが朔夜は自分と付き合っているのに、有希に手を出したのが許せなかったので直ぐに祐一と朔夜の関係は崩壊した。
     まるで、ダムが崩壊して水が勢い良く流れていくようになったが今は僅かに水が残っている状態なのは祐一も分かっていた。
     そして祐一の一番の親友であり有希の彼氏だった人物は、その日の内にこの世から亡骸を残して消えて行った。

 

 

     次の日から祐一はこの事を殆ど避けて、今日まで来たが今の祐一は事実を受けとめているのは確かだろう。
     そして、その目はこの町に来る前にしていた表情と同じ物を取り戻していた。
     この話を祐一は要約として分かりやすく名雪に伝えたが、既に名雪は舟を漕いでいたので祐一はほっとした表情を覗かせた。
     祐一は名雪を背負って、自分の部屋のベッドに名雪を寝かしてからまたリビングに秋名に言われた通りに戻る
     そして祐一はあの時に親友に殴られた右頬を押さえながら、ソファーに寄り掛かって眠りだした。