祐一が家に帰ると玄関の電気は既に切られており、暗闇の空間となっている。
     ただいま、と小声で帰ってきた事を伝えるが聞こえない事が分かっているので祐一は自分がした事に失笑を洩らす。
     しかし、リビング前にあるガラス張りのドアからは蛍光灯の光が漏れていた。
     通路が全て暗闇によって、黒く塗りつぶされていたのでトンネルの出口の様にその部分だけ光っていた。
     祐一はドアを僅かに開けて顔を乗り出しリビングに誰がいるか確認をする。
     そこには秋名がソファーに座り込んで、何時もと同じ様に煙草を吸っていた。

 

    「祐一、帰ってきているだろ?」

 

     秋名は既に祐一が玄関を開けた時に洩れた僅かの音に反応しており、祐一が帰宅したのは分かっていた。
     秋名は煙草を咥えたまま、手を動かして祐一を自分の前に座れと指示をする。
     祐一は言われた通りに、青色のソファーに座って視線を秋名に合わす。
     ソファーの間にあるガラス張りのテーブルには灰皿が置かれており、その灰皿にはこんもりと吸殻が積まれていた。

 

    「そろそろ、煙草止めたらどうだ?」

 

     ちっ、と舌打ちをしながら秋名は何本目か分からない煙草を取り出そうとするが箱をテーブルの上に放り投げる。
     祐一は煙草の箱に視線を追わせてからもう一度、秋名の意思が強い眼を見る。

 

    「実感はどうだった?」
    「……ああ、本当にあいつが死んだって分かるよ」

 

     俺の所為で、と最後に呟くが秋名はそれを否定せず肯定した。
     祐一は俯いたままちらり、と秋名に一瞬視線を合わせてそのまま肩を震わせた。
     手は強く握られており、そのため掌に爪が食いこんで皮膚が悲鳴を上げている。

 

    「まったく、何でそうなるかわたしには分からん」

 

     秋名はソファーに寄り掛かり、ソファーと同じ色をしたクッションを抱え込む。
     そして、クッションを祐一の顔面に目掛けて投げて当てるが祐一は反応しなかった。

 

    「所で何か言われたか?」
    「音薙がバスケすれば許してもらえるかもとは言っていたが……」
    「祐一が自分から決めてなら良いが、言われてやるのだとどう思う?」

 

     祐一は秋名に言われたことを反芻しながら、ゆっくりと力なく首を振る。

 

    「朔夜ちゃんはもう、1年前みたく祐一とは親友以上戻れないの分かっているだろう」

 

     秋名の独り言に祐一はゆっくりと悲痛な顔を上げて反応する。
     祐一が何をしても信じられないだろう、とトドメを祐一に対して言い放つ。
     秋名は朔夜が祐一に会いたくなかったという予想も考えられていたが、朔夜の心情はあのまま会いたくなかったのだろう。
     体育館で会ったのは偶然に近く、有希が朔夜に祐一の事を言っても朔夜はいつも通りの行動であった。
     そして朔夜は既に祐一を事件が起きた時にはもう、何時もの視線から親友としてしか見えなくなっていた。
     体育館で会った事以外の事情は大体、知っている秋名は同じ女性として朔夜の心情は分かっていた。
     なので秋名は情けない行動をした祐一を突き放す為に自分の考えを吹き込んだ。

 

    「ちっ、これじゃあ1年前と変わってない」

 

     秋名は吐き捨てる様に言葉の語気を強めて、祐一に詰め寄る。
     祐一は相変わらず、悲痛の表情を浮かべたままであった。
     秋名は立ち上がって、テーブルに放り出してある煙草とライターを掴む。
     咥え込んだ煙草に火を付けようとするがライター石が火花を出すだけであった。
     何度もライター石を回して煙草に火を付けようとするが、火花が飛び散るだけだった。
     秋名は火が出ないライターを軽く見てから、祐一に向かって軽く投げつける。
     祐一の頭に当たったライターは床に音をたてて、その辺を転がった。

 

    「あたしは寝るから、ここで暫らく頭冷やしておけ」

 

     まったく、と言いながら秋名は煙草を箱に戻してリビングから出ていった。

 

     

 

      この家では既に起きている人物は祐一だけとなっており、動いている物は時計の針と祐一だけだった。
     祐一は全く、動いていないので実質的には時計の針のみが的確に時間を進めているだけであった。
     祐一はぎゅっ、と握りこんだ拳からは赤い雫が零れ出した。
     赤い斑点が幾多も出来て大小様々なサイズの斑点を創り出しているが、まるで自分の掌から血が流れているのを気付いていない様に。
     暫らく、血が流れるのを関心無いように眺めていた祐一は顔を顰めて痛みに覚醒した様だ。
     ふう、と溜息を吐きながら傷から流れた血を妖しく舐めとりながら立ち上がる。
     傷を消毒する為に祐一は、救急箱をソファーの下から取り出す。
     ごちゃごちゃに様々な物が仕舞われた救急箱は散乱しており、消毒液を探す度に傷を障る。
     両手から血が流れているので、キチンとした処理が出来ないのであった。

 

    「ちっ、暫らくは痛みが引かないか」

 

     失笑を洩らしてから再びソファーに座り直して腕を組んですっ、と目を閉じる。
     傷が痛む為か時々、顔が僅かに歪んだまま目を閉じている。

 

    「さて、あいつとした昔の約束をこなすが一番か?」

 

     昔に親友とした約束を思い出しながら、祐一はさっきの顔が嘘のような引き締まった表情を覗かせた。
     かちゃり、とリビングのドアが開けられたの音が聞こえたのでで祐一は首を動かして振り向いた。
     その人物は祐一の従妹である名雪が祐一の背後で佇んでいた。