ヒンヤリと背中が冷や汗を掻きながら、祐一は自分の目の前にある親友の墓に向かって頭を下げる。
言葉は出さないが心から謝っているのは、朔夜と有希にも分かっているだろう。
ヒンヤリとした風が周辺をまとい、朔夜の長い髪を撫でる上げる。
朔夜は乱れた髪を耳の上に払い上げ、風で乱れる髪を手で押さえ付ける。
風によって周囲にある木々の葉はざわめく様に音を奏で、まるで怨念のように葉が擦れ続けた。
風は少しずつ弱まっていき、最後にはふんわりと生暖かい風が舞散った。
有希は朔夜の腕にぎゅっとしがみ付きながら静かに嗚咽を洩らしていた。
朔夜は腕を貸したまま、月が浮かんでいる夜空を見上げていた。
「なあ……どうすれば許してもらえると思う?」
祐一は眼前にある親友の墓に向かって頭を下げながら、自分の後ろに夜空を見上げながら佇んでいる朔夜に質問をした。
朔夜は何も言わないまま、祐一の後姿にちらりと視線を移した。
「……さあね、自分で考えなさい」
有希の流れるストレートヘアを撫でながら、朔夜は祐一に自分から答えを見付けるようにさせた。
暫らく、沈黙がこの場を支配して闇の中に取り残された感覚が身体を捕らえる。
有希の嗚咽だけが唯一の音源であり、その声が更に闇を倍増させている。
「……もういいのかしら」
朔夜は祐一が頭を上げるのを確認して、一言声を掛ける。
朔夜と有希は祐一より先に済ませていたので、後は祐一が終るのを待つだけだった。
祐一の顔は電灯によって僅かに影を写しており、それが更に悲痛さを漂わせていた。
「いや、まだ足りないかもしれないな」
どれだけ謝っても無駄だろう、と祐一は結論を付け加えて言った。
朔夜はふん、と鼻を鳴らして結論を下した祐一の判断を底冷えするような声で笑った。
有希はもうに祐一の事を許しているのを知っている朔夜だが、朔夜自身は未だにこの事だけは許す事は出来ていなかった。
朔夜にとって自分と親友を裏切ったこの時期は一番嫌な時でもあった。
「……この事だけはあたしはあなたを許してないから」
祐一はそっか、とそれだけを言って顔を歪めた。
んっ、と有希が声を出して赤くなった眼を擦りながら泣き止んだ。
朔夜の一言で泣き止んだ有希は朔夜にしがみ付き、悲痛な顔を朔夜に向けた。
「ねえ、朔夜もうこの事は許してあげようよ」
有希は訴える様に自分より身長が高い朔夜の顔を見上げた。
朔夜は暫し、一言も発せずに身体を僅かに小刻みに震わした。
そして、朔夜は首を横に振り有希の案を破棄した事を示した。
首を横に振ったため朔夜の髪は電灯によって明るく反射しつつ乱れた。
「……この事だけは簡単には無理よ」
朔夜は何時もの鋭い目付きを祐一に向けるが何時もの鋭さは見えずにいた。
そして自分の身体を抱え込んで、自分を守る様にしながら目を閉じて珍しく朔夜の方から視線を逸らした。
この事だけが朔夜の心に深く傷が付いているのは一目瞭然であった。
風によって葉が擦れる音だけが再び流れて、周辺は生暖かい風が流れ不気味さ現わす。
「……終ったなら帰りましょ?」
朔夜は自分の身体を抱え込んだまま、二人に視線を合わせないでいた。
二人もそろそろ帰ろうと思っていたのか同時に頷き、帰る事が決まった。
祐一は墓前から離れて、一瞬だけ墓に向かって振り返った。
「許してくれとは言わないけど、また来るぞ」
じゃあな、と言いながら祐一は背を向け手をひらひらと振る。
三人は一言も発せずに歩いており、まるで他人同士が並んで歩いているように感じてもおかしく無いだろう。
夕方に待ち合わせした場所は閑散としており、帰宅途中のサラリーマンなどが歩いているくらいであった。
「じゃあここで解散だね」
さっきとは違い何時もの様子で話し掛ける有希だが、二人の様子は何一つ変わらなかった。
沈黙が長引いていたが祐一は沈黙が嫌だったのか話を切り出した。
先ほど祐一が朔夜に質問した事をもう一度二人に質問する。
朔夜は口を開けてさっきと同じ答えを言おうとするが、有希が朔夜の答えを遮る様にタイミング良く切り出す。
「そうだね……バスケをもう一度やるのはどうかな?」
「……バスケか、それなら朔夜も許してくれるか?」
二人の視線が同時に朔夜に向けられてので仕方なくいった感じで朔夜は答えを切り出した。
「……そうね、バスケをまたやれば考えてあげる」
戻るとしても親友としてだけ、と朔夜はその一言を心の中に留めておいた。
二人とも完璧に関係が戻ると思っていたが、朔夜は完璧に戻るつもりは無かった。
朔夜は喜んでいる二人を何時もの様に冷たい目付きで見ていたが祐一と有希は気づいていなかった。
1年前に壊れた関係は完璧に戻る事は無理だと祐一は気づかないまま帰宅した。
そして有希は不安そうな表情をしながら朔夜の顔を見上げていたが、朔夜が気づいたので慌てて弁明した。
「何でも無いよ」
「……そう」
朔夜は先に歩き出して行くが、有希はその場に留まり朔夜の背中を不安そうに見つめていた。
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