「全く、何やっているんだか」
秋名は充血して赤くなった目を軽く擦りつつ、何本目か分からない煙草を灰皿に押し付ける。
既に山盛りになって積まれている吸殻を見て、少し減らそうか考える。
空になった煙草の箱を捻って、座っている階段の横に放り投げる。
隣では、名雪が秋名の肩を借りて呑気に眠っている。
肩に重みが掛かって感覚が無くなって居るが無下に扱う訳にも行かないのでそのままにしている。
膝に移したら目が覚めるかもしれないので動かせないでいた。
時々、何やら寝言らしいのが聞こえるので秋名は失笑を洩らした。
「本当に何やっているだか」
ふん、と秋名は馬鹿にする様に鼻を鳴らした。
秋名は声が聞こえた方に振り向かないで、背中を向けたままだった。
トントン、階段を降りてくる音が自分の後ろでピタリと静粛が流れる。
「それは、こっちの台詞だが……」
秋名は煙草を取ろうとしたが一本も無い事を思い出して、軽く舌打ちする。
横に放り投げた煙草の空箱を掴んで、ぐしゃりと握りつぶす。
丸くなった空箱はコロリ、と階下に転がっていく。
「……所でこんな場所に座っているんだ?」
「見れば分かるだろ」
「ふむ……分からんな」
相変わらず、秋名は背を向けたまま階段の途中に掛かっている油絵に視線を固定している。
何の変哲の無い油絵は自然が描かれた物であり、誰でも描けそうな物だ。
何故か秋名は、この名が無いに等しい油絵を眺める割合が多い。
暫らく油絵を見上げた後、秋名は深く溜息を吐く。
「……まぁ、去年みたいに酷くないし立ち直ったから良いか」
乱雑に切り揃えられた後ろ髪を弄りながら立ち上がる。
立ち上がった瞬間、支えを無くした名雪の頭はフラフラと左右に揺れる。
そして、身体まで揺れて遂に階段の手すりに頭を強打する。
この痛みでは流石に一瞬で目を覚まして、うめき声を洩らしつつその場に蹲る名雪。
両手で頭を抑えつつ、涙目で秋名を睨むが祐一の存在には気づいていない。
「……酷いよ、秋名さん」
秋名は腕を組みながら顎で後ろを見ろと伝えようとする。
名雪はムッ、としながら後ろにゆっくりと振り向こうとする。
そこには腹を抱えて名雪の痴態ぶりに笑い声を出さずに酸欠状態の祐一がいた。
「くくっ……朝から……笑わせてくれるな名雪」
息も切れ切れになりながら、笑いつづける祐一を見てきょとんとしている名雪。
「ゆ、ゆ」
「どうした名雪? 朝の挨拶はおはようだぞ?」
祐一が部屋から出て来た事を伝えなかった秋名の方を向きながら、祐一に指を指すという器用な事をしている名雪。
暫らく同じ事を呟いていた名雪は、落ち着きを取り戻して微笑んだ。
「……うん、おはようございます!」
祐一が普通の状態で部屋から出て来た事で満面の笑顔になっている名雪。
テーブルの上に置かれているトーストを掴み、昨日は昼以降は何も食べていないなと二人とも同じ考えをして齧り出す。
「祐一、何時頃行くの?」
今はまだ朝9時を回った頃なので、流石にこの時間から出て行く事は無い。
もう日射しは伸びており、昼には炎天下になり確実な暑さがあるのは既に分かっている名雪は行く時間を聞き出した。
「夕方には出て行くと思うが……付いて来るなよ?」
完全な詳細は秋名からは教えてもらっていないので、詳しい事は分からない。
唯一分かっている事は仲が良かったメンバーの仲が悪くなった事ぐらいでその原因が祐一だって事だけである。
「そ、そ、そんな事無いよ」
なので名雪はもっと詳しい事情が知りたいので、こっそり付いて行こうと打算したが釘を指されたので慌てて弁明する。
祐一はペットボトルのお茶に口を付けて、飲み込んでから失笑を洩らす。
笑い声が収まると慌てている名雪の顔を見て、口端を歪めて名雪の耳元に囁いた。
「顔に行く気あります、と顔に書いてあるから嘘だな」
名雪は顔を擦った後、手のひらを見つめて見るがマジックなどの後は見つからない様だ。
そして、耳元に囁かれた事が遅れて効果を表して名雪は耳まで紅潮させる。
唸りながらテーブルにうつ伏せ状態になったため、名雪の長くて細いロングヘアがバタートーストに付いてしまった。
その行為は祐一と秋名を同時に笑わす事になった。
「さて、そろそろ行きますか」
あれから仮眠を取った祐一は身支度を済ませて玄関に降り立った。
その格好はTシャツにジーパンと言うラフな出で立ちをしている。
玄関に見送りにきた名雪は祐一の顔を心配そうに覗き込む。
ほんの僅かだが、祐一の顔には翳りが写っていた。
「今日は帰って来れるかな」
その言葉に鋭く反応した名雪は身を乗り出していた。
名雪の顔には怒気が含まれており、その顔見た祐一は冗談、冗談と手を横に振りながら家を出て行った。
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