シンとした室内は人がいるのかと思うほど静かであった。
外が闇に落ちている事もあってか誰もいないような感覚に陥る。
電気すら付けていない室内は暗闇になっており、カーテンの隙間から漏れる月光が唯一の光源だった。
その室内で僅かに身動ぎした祐一はノックされたドアを睨みつけた。
ドアの先から漏れた光を祐一は目を逸らして、慣れるまで暫し時間が掛かった。
「祐一、入るよー」
名雪は部屋が電気を付けられていない事に気にせず入る。
祐一は床に座って膝を抱え込んでいるが、昼に見た氷のような目付きの鋭さは失っていなかった。
その氷のような目付きに怯んだ名雪はひっ、と軽く悲鳴を上げた。
「……何か用か?」
「用が無いと来ちゃ駄目なの?」
祐一は軽く舌打ちして、そのまま喋らずに沈黙を続けた。
名雪は祐一の行動に軽く溜息を吐いて、祐一の眼前でしゃがみ込んだ。
闇に覆われている室内では相手の表情は殆ど見えないので名雪は息が掛かる程、顔を近づけた。
「秋名さんから明日の事聞いたよ」
ピクリ、と祐一は肩を震わせながら顔を上げた。
「祐一と朔夜さんと有希さん、そしてもう一人の親友との関係」
名雪は立ち上がって、祐一を見下ろす様に話を続けた。
祐一は全く反応せずに淡々と話を聞いているだけだった。
名雪は秋名から聞いた祐一の過去の話を言い終わると、溜息を吐きながらしゃがみ込んだ。
「……何時か美坂チームもこんな風になるのかな?」
「……さあな」
名雪は自分が住んでいる町にいる二人の友人との関係を言って見たが相変わらず祐一の反応は薄かった。
「だから、朔夜さんと有希さんはあんな事をわたしに言ってきたんだよ」
名雪は有希に言われた事をそのまま一句も洩らさずに祐一に語った。
祐一は溜息を吐きながら、苦笑いを洩らした。
「ははっ……俺の心配なんかしやがって」
「そんな事言ったら駄目だよ……祐一だから心配されているんだよ?」
自嘲気味に笑う祐一に怒気を込めて窘めた名雪。
言う事をハッキリと言った名雪は腰を上げて、暗闇の部屋から出て行く。
「お休み、祐一」
最後にドアの隙間から顔を出して様子を窺い、数秒経った後名雪はドアを閉めた。
パタン、と静かに閉められたドアが現在の繋がりを薄くする様に閉められた。
まだ、ハッキリとしない想いを告げるよりキチンと固まるまでこのまま待つ事を選択した名雪は考えながら階段を降りていく。
「祐一の様子はどうだった?」
祐一の母親、秋名は左手に灰皿を持ちつつ、右手には煙草が挟まれていた。
名雪はお手上げのポーズと首を軽く振る事で意思を伝える。
やれやれと、秋名は溜息を吐くと右手に持っている煙草の灰を灰皿に落とす。
リビングに戻るのも億劫なのか秋名と名雪はお互いに階段に座りに始める。
「まったく、あんなに弱く育てつもりは無いんだがな」
秋名は嘆きながら、口に煙草を咥えて紫煙を吐き出す。
紫煙が虚空に消えていくのを二人して眺めた。
「何でわたしに行かせたんですか?」
名雪は何故、祐一の事を自分に任されたのか聞き出そうとした。
うーん、と秋名は顎に手を当てながら考えている。
「はっきり言うとめんどくさいから任せた……と言うのは冗談で」
名雪の睨んだ目付きを見て、秋名は冗談冗談と繰り返した。
はぁ、と空しい溜息を吐きながら名雪はジト目で秋名を睨みながら室内に篭っている従兄妹とそっくりだと思った。
「んー、あたしより名雪ちゃんの方が適任だと思ったけど違う?」
一見、真面目そうに語る秋名だが名雪にしては、これでは物足りなり無い理由だろう。
ポンポン、と秋名は名雪の頭を叩きながら手に持っていた煙草を灰皿に押し付けて揉み消す。
名雪はうー、と口を尖らせながら唸りされるがままになっていた。
名雪の顔を見て秋名の笑い声が階段で響いた。
数分後、秋名は名雪をからかうのを終わらせる。
そして、軽く欠伸を噛み殺しつつ手に持っていた灰皿を階段の脇にずらす。
「眠いんですか?」
「まだハッキリと時差ぼけが直っていないからね」
秋名はもう一度軽く欠伸をして、自室に戻ろうとする。
名雪は立ち上がらないで、根っこが生えた様に座りこんで祐一を出てくるのを待つ事を選んだ。
「……そこで待つつもりなの?」
「はい、ここで待っていた方が良いと思いますし」
明日の朝まで起きていられるか分かりませんけど、と笑いながら答える名雪。
「まあ、祐一の事だから明日の朝には吹っ切れていると思うけど」
秋名のその一言は自分の子供の事を分かっているからこそ言える台詞であり、分かってなければ言えない。
秋名は鼻頭を掻きながら言ったので恥ずかしさがあるのだろう。
「所で本当にここで待つつもり?」
「……はい」
秋名は溜息を吐いて、名雪の横に腰を下ろして煙草を吸い出した。
名雪は一度キョトンとしながら秋名の顔を見て、にこやかな表情になった。
そして二人の長い夜は談笑によって、夜が明けるの待つ事になった。
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