喫茶店の一角は華やかな女性陣と一人の男性が相席で会話をしている。
     修羅場の様な空気がぴりぴりした会話ではないが、男性は肩身が狭いだろう。
     3人いる女性は一人除いて仲が良さそうに会話をしている。
     一人の女性は今では珍しい艶やかのある黒髪のセミロングに茶色いメッシュを入れている。
     表情は太陽の様に明るく、同性から見ても綺麗だと思う表情は輝いていた。
     前髪の三つ編みを左手で弄りながら、隣に座っている女性に話題を振った。

 

    「ねえ、朔夜はどうなのかな?」

 

     朔夜と呼ばれた女性は手に持っていたコップをテーブルに静かに置く。
     並々とコップに注がれたアイスコーヒーの表面が歪んで波紋を立てる。

 

    「……どっちでも良いわ」

 

     冷たく凍えそうな蒼い眼で話をして来た友人―――有希を一瞥する。
     有希は穏やかな薄茶色の瞳は朔夜の冷たい目付きを何事も無かった様に流す。

 

    「んもう、そういう答え方は駄目だって」

 

     有希は朔夜のウェーブした金糸を弄りながら、質問の答えを聞き出している。
     二人の対面に座っている名雪は性格が全く別の二人の会話に口を挟めないでいる。
     このまま待っても仕方ないので太陽と月の関係の様な二人だと思いながら名雪は注文したドリアにフォークを入れた。

 

    「で名雪はどうなのかな?」

 

     自分に話が振られたので食べているドリアを慌てて飲み込んだ為、僅かに咳き込んだ。
     注文したアイスティーを飲んで咳き込んだのが落ち着くと名雪は唸りだした。

 

    「う〜、答えなきゃ駄目?」
    「勿論答えて欲しいなぁ」

 

     有希は身体をテーブルに乗り出して、答えを聞き出そうとする。
     形の良いこじんまりとした胸が襟元から覗かせる。
     有希は気にした素振りを見せずに聞き出す事だけに集中している。
     早く早く、と無理矢理聞き出そうとする有希を止める様に朔夜に目線で訴える名雪。
     しかし、我関せずと言う表情で朔夜はアイスコーヒーを飲んでいた。
     祐一にもアイコンタクトで頼んで見るが祐一も止められない様で眼を逸らした。
     祐一の顔にはこうなると答えるまで無理だ、と書かれていた。

 

    「う〜、答えたくないけど店の人に迷惑掛けたく無いから答えるよ」
    「あ、祐一はちょっと席外して欲しいな」

 

     祐一は有希に言われた通りに席を立ち上がってトイレに向かっていた。
     有希は祐一がトイレに行った事を確認すると名雪の答えを聞く。

 

    「ほら、答えてね……わざわざ祐一を席から外させたんだからね」

 

     暫らく、名雪は沈黙を続けていたが意を決した表情を浮かべ言い出した。

 

    「えっと……わたしは祐一の事が好きだと思う。でも家族としてかもしれないからハッキリとは言えない」

 

     有希は僅かに落胆した表情になるが、頷いて納得した表情を浮かべる。
     有希は荷物を持って立ち上がると同時に伝票を掴んで帰ろうとする。
     朔夜も同じ様に荷物を持って立ち上がった。

 

    「あ、あの何か変な事を言った訳じゃ……」
    「分かってる分かってる。答えが聞けた事のお礼だから」

 

     ひらひらと伝票を2枚振りながら、明るい表情に浮かぶ穏やかな眼を見て名雪は納得するしか無かった。
     有希が伝票持ってレジに支払う間に朔夜は、名雪に軽く頭を下げて謝った。
     名雪は朔夜が謝って来るとは思わなかったので、慌てて目の前で手を振って弁明する。

 

    「あ、謝る必要は無いよ……寧ろわたしの方がお礼言いたいよ」
    「……そう」
    「今まで自分の気持ちを口に出した事無いから、少しはスッキリしたよ」

 

     名雪は有希にお礼を言おうと有希の前まで行くが、名雪の行為が分かっていたのか手で動きを制する。

 

    「んー、お礼言うならその想いを祐一に告げてそれがわたしへのお礼って事で良いよ」

 

     有希は店員から小銭のお釣りを受け取って、ドアを開ける。
     ドアに付けられたベルがちりん、と鈴の様な音を出して鳴る。
     エアコンが効いていた室内と違って、外は熱を持ったコンクリートが出迎えていた。

 

    「さて、頑張って想い告げてね」
    「……頑張りなさい」

 

     二人の励ましによって力強く頷いた為、名雪の髪が僅かに乱れる。

 

    「……祐一に伝言があったわ。明日あの場所でって言えば分かるわ」

 

     ふと朔夜が思い出した事を名雪に静かに告げる。
     名雪は神妙な目付きで朔夜と有希を見るが、有希の眼が一瞬悲しみに包まれたのを見逃さなかった名雪は頷いた。

 

    「うん、了承だよ」
    「さて伝える事は伝えたし、わたし達は帰るね」

 

     有希はさっきまで見せていた明るい笑顔に戻ったので名雪は首を傾げて見間違いかなと聞こえない様に呟いた。

 

    

 

    「結構、長い会話だったな」

 

     祐一は既に席に戻って、冷め切ったシーフードパスタに手を付けていた。
     会話の内容も聞かずに祐一は食べる方に専念している。
     名雪も食べかけのエビドリアに手を付けかけたが、カランとフォークを食器の横に投げる様に置く。

 

    「ん? どうした」

 

     名雪は祐一の明るい表情を見て、ふぅと軽く溜息を吐いた。

 

    「ん……何でも無いよ」

 

     名雪は想いを告げずにフォークを握って、エビドリアを食べ始めた。
     祐一は眉を八文字にして訝しげに名雪の顔を覗き込む様に見つめた。
     暫らく、会話が無く食器の鳴らす音だけがその場を支配した。

 

    「祐一、朔夜さんから伝言だって」

 

     朔夜が言った事をそのまま伝えると、祐一の表情が僅かに歪んだ。
     祐一は何も言わずに立ち上がって、帰ろうとするので名雪も慌てて立ち上がって祐一の後を追った。
     家に帰宅するまで、祐一は一言も喋らず名雪が幾ら話しかけても反応しなかった。