「祐一、町案内してやれ」

 

     名雪との挨拶を済ませた秋名は、リビングに荷物を持ち運んでいる祐一を呼び掛けた。
     秋名は軽く欠伸を噛み殺して、自分の寝室に向かおうとする。
     祐一は手だけを振って、分かったと言う意思を秋名に伝えた。
     秋名は満足そうな顔をして、さっきより大きな欠伸をして階段を上がって行った。
     リビングには挨拶だけでキョトンとしている名雪と秋名が吸っていた煙草の紫煙が漂っていた。

 

    「……秋子さんと本当に姉妹なのか?」

 

     祐一は自分の母親と秋子の性格と比べてみるが全く、正反対の姉妹だと分かる。
     秋子は穏やかで抱擁力がある母親だが、秋名はさっぱりした性格で自分の行動が第一になっている。
     秋名に抱擁力が無い訳では無く、ぶっきらぼうなので言葉の伝え方が下手なだけである。

 

    「性格は違うかも知れないけど、芯の強さはお母さんと変わらないと思うよ」
    「まあ、そこは認めるけどな」

 

     秋子と秋名が同時にくしゃみをしている事を気づかない二人は呑気に色々言い出した。

 

     

 

     親をネタにした会話が終わると祐一は外に行き出そうとする。
     名雪は着ていた服が室内着だから、と言って祐一を待たせてから秋名が寝ている寝室に向かった。
     コンコン、と軽くノックするが反応が無いのでドアを開けて様子を窺う。
     タオルケットを掛けて眠っている秋名を確認すると、一言言って部屋に入りこむ。
     極力、音を立てない様にベッド横に置かれたボストンバッグまで近づく。
     名雪がボストンバッグに近づくと、秋名が寝返りを打ちタオルケットが捲れる。

 

    「寝顔はお母さんに似ているなぁ」

 

     感想を洩らした後、慌てて自分の口を手で抑えて秋名の顔を窺う。
     もう既にぐっすり眠っているらしく、身動ぎしただけで目は覚まさなかった。
     名雪は秋名を気遣って、急いで服をボストンバッグから取り出して着替えだした。

 

     

 

    「お待たせー」

 

     名雪は白いキャミソールに薄茶色のパンツとミュールという出で立ちだった。
     暑いからかポニーテール状はそのままになっている。

 

    「どうかなぁ?」

 

     名雪は上目使いする様に祐一の顔を覗き込んで、服装に関して聞き込んで来た。
     ふむ、と祐一は顎に手をあてて物を鑑定する様にジックリと名雪の服装を見る。

 

    「……まあまあだな」

 

     祐一の判定にぶーたれて、眉を吊り上げて文句を言うが祐一はハイハイ、と流して先に歩き出す。
     名雪は祐一が先に行ってしまったので、慌てて祐一の横を歩き出した。
   

 

 

     ビルが多数建ち並ぶ町並みを名雪は何度も見まわしている。
     色取りの違う服が道を埋め尽くしており名雪は感嘆を上げる。
     祐一が人ごみに入って行くので名雪も慌てて入って行くが、これだけの量の人ごみは名雪には慣れていなかった。
     そのため、何度も人ごみに押されて祐一とはぐれそうになる。

 

    「う、にゅう」
    「おーい、生きているか?」

 

     人ごみに押され、息が途絶え途絶えになる名雪に心配そうじゃない声を掛けるが反応は鈍い。
     やれやれ、と溜息を吐いて祐一は名雪の手を取って歩き出した。
     名雪は恥ずかしそうに頬を赤く染めて、祐一に引っ張られる。

 

     

 

      町案内が丁度昼時間に終わった事なので祐一が良く使用していた喫茶店に行く事になった。
     あまり使用者がいないような場所に立っているが、外見はレンガで出来ている洒落た店としてなっていた。
     内面も落ち着いたモダン風な店になっており、名雪が良く行く百花屋とはまた違った雰囲気だった。

 

    「何名様ですか?」

 

     祐一は指を2本出して禁煙席で、と言うと案内されたのは窓際の日が出ている所だがビルによって幾分か遮られている。
     メニューにはパスタ料理などが載っており、祐一はシーフードパスタとアイスコーヒーを頼んだ。
     名雪は暫らく迷いつつ、エビドリアとアイスティーを頼んだ。

 

    「あれー、その声は祐一?」

 

     カウンター席に座っていた女性が祐一の声を聞いて窓際の席に向かってくる。
     しまった、と言う顔付きになって無視しようとする。
     祐一は眉間を抑えながら、気のせいだとか目の錯覚だなど言い訳を言う。

 

    「むう、可愛い幼馴染をなかった事にするなんて」
    「……自分で言うなよ、音薙」
    「何時も言うけど朔夜には名前で呼ぶのに、何で私だけ苗字なのよう」
    「ふむ、何て言うか……あえて言うなら音薙だから?」

 

     疑問系で言われた少女――――音薙 有希は床にのの字を書いていじける。
     名雪は会話に入れぬまま、二人の行動を見ているだけだった。

 

    「……何しているのよ、二人とも」
    「お、朔夜もいたのか」

 

     祐一の嬉しそうな声を聞いて、名雪は複雑そうな表情を浮かべてからアイスティーを飲みだした。
     二人は同性の名雪から見ても、綺麗に見えるだろう。
     音薙と呼ばれた女性は艶やかなセミロングの髪が移り映えしており明るい表情がさらにプラス効果になっている。
     誰からでも好かれる明るさを持つのが、この女性の特徴だろうなと名雪は聞こえない様に呟いた。
     そして、朔夜は無愛想な表情を浮かべ名雪をちらりと見ただけだった。
     金髪のロングウェーブを軽く払って、腕を組んでから二人の会話を聞き出した。

 

    「所でこの人が祐一の彼女?」
    「違うって、ただの従兄妹だ」

 

     彼女と言われた名雪は嬉しそうな表情を浮かべたが、一瞬で天国と地獄を味わう事になった。