二人はその場所から1歩も動かずに立ち尽くしたままだった。
     朔夜と呼ばれた少女は顔に張り付いたウェーブ状の金髪を払った。
     払った髪の隙間から薄っすらと汗が幻想的に飛び散る。
     朔夜が着ている白いTシャツは汗を吸収しており、そのため下着が浮かび上がっているが気にした素振りは見えない。
     バスケットボールはリングの下にバウンドしており音が反響している。

 

    「……何時戻って来たのかしら?」

 

     朔夜の蒼い切れ目が祐一の目を捕らえるが、祐一は何もなかった様にさらりと流す。

 

    「今日帰って来たけど、そんなにはいられない」

 

     そう、とそれだけ言うと朔夜はボールを掴んでシュートを放つ。
     ボールはリングを回りながら、中心に落ちる。

 

    「……まだ続けているのかしら?」

 

     祐一はボールに視線を追わせ、ボールが自分の足元で止まった事を確認する。
     暫らく沈黙が場を支配して、先ほどまで音が響いていた体育館が静寂を取り戻した。

 

    「いや、もうしていない」
    「……するわけ無いと思っていたけど」

 

     祐一はボールをきっちりと朔夜の手元にに投げ渡す。
     きっちりと手元に渡された朔夜は祐一を鋭い目付きで見据える。

 

    「……ふん、腕は落ちていない様ね」
    「当たり前だろ。たった1年で落ちるほどじゃない」

 

     朔夜は祐一にパスをしてボールを渡す。
     そして、祐一はボールを暫し見つめてシュートモーションに入る。
     そのボールは高く弧を描きながら、音を立てずにゴールに入った。

 

    「……向こうのバスケ部に所属すれば?」
    「もう、辞めたと言っただろ?」

 

     祐一は辞めたの部分を強調しながら、朔夜の説得を聞き入れなかった。

 

     

 

    「……そう言えば、有希が女性と歩いている所見たと言っていたけど?」
    「……従兄妹だ」

 

     祐一は眉をひそめながら、事実をバラした友人の顔を思い出す。
     セミロングの女性の顔が浮かんで、バラしているシーンを想像する。
     その話はもうすでに大雑把に書き加えられて違った話になっているだろう。
     その事が分かっている祐一は溜息を吐きながら悪態を言う。

 

    「まったく、音薙の奴め……簡単にバラすなよ」
    「……所で何で帰京したのかしら?」

 

     言ってなかったか?、と確認する様に朔夜の顔を眺める。
     朔夜が頷くのを見た祐一は、頭を掻きながら事情を話した。
     祐一は事情を話したが、朔夜の表情は全く変わる事が無かった。
     普通は喜ぶ表情が表れる筈だが、朔夜は眉一つ動かさずに話を聞いていただけだった。
     祐一はその事に肩を竦めて、変わらないなと呟いた。

 

    「……7ヶ月で変わる訳無いわ」
    「そう、だな7ヶ月で変わる訳ないか……それにしてもたった7ヶ月か」

 

     祐一の向こうでの生活がどれだけ濃くて充実した物だったか分かる発言が流れる。
     祐一は向こうでの生活の事を話そうとするが、朔夜は聞く素振りを見せない。
     興味ない、と言わんばかりに朔夜はバスケットボールをシュートし始めた。
     ボールはキチンとゴール音もせず収まって、床にバウンドする。

 

    「……どうでも良いわ」
    「そっか」

 

     ふう、と息を吐き出して転がったボールの元に移動する。
     暫らく、ボールをバウンドさせている音だけが体育館に響いた。

 

    

 

    「……そろそろ帰ったら?」

 

     壁に掛かっている無骨の時計は9時過ぎを指しており、祐一は考え出した。
     数秒で決まった結論は帰る事を選択された。

 

    「朔夜はどうするんだ?」
    「……そうね、帰るわ」

 

     朔夜はボールを端に寄せていた無地のバッグに詰め込んでチェック模様のTシャツを羽織る。
     そして、黒いバスケットシューズも一緒に仕舞いこんで扉前に置かれた黒のロングブーツを履きだす。
     トントンとつま先で地面を叩くと祐一を気にせず歩き出した。

 

    「送っていく必要は……無いな」

 

     背を向けたまま、ひらひらと手を振る朔夜を見て祐一は苦笑いを洩らした。
     既に朔夜は闇の中に消えており、姿が分かる物は朔夜の金髪だけが浮かんでいた。

 

     

 

    「何処に行っていたのかな? 祐一?」
    「……寝たと思っていたんだが」

 

     玄関を開けた時に一つの影が伸びており、その影は寝た筈の名雪が玄関に鎮座していた。
     目が据わっている名雪を見て、祐一は内心ビクビクしていた。

 

    「まあ、簡単に言うと親友の所に行って来た」
    「……女の人でしょ?」

 

     うっ、と祐一が答えに詰まると名雪は畳み掛ける様に捲くし立てた。
     その声は、僅かに外まで響いて近隣住民の耳元に僅か届いた。
     近隣住民も久しぶりに相沢家に喧騒が戻って来たのを実感した事だろう。
     名雪の怒声は、相沢家にとっては久しぶりに賑やかにさせたのが実感出来る。
     祐一の顔も自分の家が賑やかになったのが嬉しそうな顔をした。
     名雪は訝しそうにまた怒り出して、祐一が宥めるのに時間を思いっきり使用してしまった。