「祐一、まだなの?」

 

     空は真っ青に晴れており、雲が一つも出ていない程の青天だ。
     その陽射しはガラスに反射して、肌を熱している。
     そして、アスファルトも熱を持ってジリジリとこちらを暑くする。
     その暑さに参ったようで名雪は同じ事を何度も尋ねて来た。
     名雪は自分の住む町との気温差がここまであるとは思っていなかったようだ。
     向こうの建造物はそんなに高い物は無いのでコンクリートジャングルによる暑さはそんなにない。
     しかし、ここはマンション、ビルなどが多数建っているので風通しが悪い分暑くなっている。

 

    「暑いよ〜」

 

     祐一は暑さの為か黙ったまま歩き続けていた。
     数歩歩いた後、立ち止まって後ろを向くとしゃがみ込んだ名雪を見て溜息を付いた。

 

    「こっちじゃこれくらいの暑さは当たり前だぞ?」
    「う〜、ここまで暑いとは思わなかったよ」

 

     ほら、と祐一は手を差し出すと名雪はその手を掴んで立ち上がった。
     立ち上がっても手を離さない名雪を訝しげに見る祐一だが、名雪は気にせず歩き出した。

 

     

 

      目の前にある一軒家は普通の家であり、庭が広いとかそういう類の家では無い。

 

    「普通の家だね」
    「当たり前だ。家を何だと思っていたんだお前は?」
    「うーん……庭が広くて、離れ部屋あるような家?」

 

     ポカッ、と小気味良い音がなった。
     名雪は叩かれた所を擦りながら、痛いと囁いた。
     祐一は名雪を無視してボストンバッグの中を探り、家の鍵を取り出す。
     ギィ、と久しぶりに開かれた玄関の先には埃が風圧で舞っていた。
     軽く咳き込むと、埃の上にボストンバッグを落として同じ事を繰り返す。

 

    「凄い埃の量だけど、今日中に掃除終わるの?」
    「……終わらせるしかないだろ」

 

     二人揃って同時に溜息を吐き、靴を穿いたまま家に上がった。
     埃があるので薄っすらと靴の跡が出来ており、まるで泥棒が入った様に見えるだろう。

 

     

 

    「祐一、電気とか止まっているけど如何するの?」

 

     何?と聞き返した祐一は電気のスイッチを弄ったりして、ブレーカーをONに入れると今度は電気がキチンと付く。
     コンロを弄ってガスを入れて見るが止まっており、水道も止まっていた。

 

    「電気類は使用出来るけど、ガスと水は各会社に電話しておかないと無理だな」
    「これだけある埃だと掃除機じゃ大変だよ?」

 

     出来れば雑巾で拭いた方が良いと思うよ、と言う名雪の意見は確かだった。

 

    「……仕方ない、近くの公園で水を汲んで来る」

 

     電話帳が無いので各会社のダイヤルが不明と言う事態なので、祐一はバケツを探して水を汲みに出た。
     名雪はタンスに仕舞われていたタオルを拝借して頭と口に巻き付けて、叩きを手に持って埃を落とし始めた。

 

     

 

    「……疲れた」
    「それは、お互い様だよ」

 

     リビングにある白いソファーにお互い座りこんでおり、テーブルには祐一が外で買ってきたペットボトルのお茶が置かれている。
     室内は普通に住めるくらいに綺麗になっており、細かい汚れがあるくらいだろう。
     グゥ、とお腹のなる音がして名雪は顔を赤くして俯いた。
     祐一は腹を抱えて笑い出したが、名雪の怒気を受けてすぐさま誤った。
     昼抜きで掃除をしていたのだから無理も無いだろう。

 

    「メシ食いに行くか?」
    「うん」

 

     まだ、暗くならない空の下を二人並んで歩き出した。
     町もまだ暗くならず、所々暗くなっている部分もあるが殆どが電気で輝いていた。
     そして、昼よりは幾分涼しくなっており名雪の行動もあの町にいる時と変わらずに動いている。
     祐一はその差に苦笑いをして土地勘が無いのに先に行く名雪を追いかけた。

 

     

 

    「それにしても、こっちの空は星があまり出てないね」

 

     名雪は空を眺めて星を探しているがあまり見つからないだろう。
     祐一も空を見上げて、見慣れた空なので直ぐに飽きる。
     現在はベランダにいるため、高所恐怖症の祐一は窓に身を預けた。

 

    「こっちの空気は澄んでいないからな」
    「うーん、こっちの空はあまり好きじゃないかも」

 

     そりゃあそうだろうな、と祐一は思ったが口は出さないでおいた。
     暫らく、夜空を眺めていた名雪だがうとうとしており眠くなっているのが分かる。
     何時もより早起きして、掃除をしたのだから疲れが出てきたのだろう。
     やれやれ、と祐一は呟いて名雪を背中に担ぎ上げた。
     背中に柔らかい物が二つ当たるが、祐一は気にした素振りも見せずに親の寝室に連れて行く。
     名雪に白い薄い掛け布団を掛ける。

 

    

 

    「さて……あいつはどうしているかな?」

 

     祐一はこの町に住む無愛想でクールな女性の親友の顔を思い出した。
     その女性は名雪の親友に性格が似ているなと思いながら、夜の町を歩き出す。
     この町にある一つの高校――――祐一が通っていた高校は殆どが闇に包まれていたが体育館だけは電気が付いていた。
     何かがバウンドする音が何度も響くが祐一は気にせず歩いていく。
     ドアを開けると勢い良く女性の髪がふわりとなびきながら走っていた。
     手に持つバスケットボールが綺麗に弧を描きながらゴールに収まる。

 

    「久しぶりだな、朔夜」

 

     朔夜と呼ばれた女性は祐一の声に反応して視線を動かした。
     肌に張り付いた金糸をさらりと払い、祐一の顔を見据える。

 

    「……久しぶりね、祐」

 

     この再開は二人にとって7ヶ月ぶりだった。