種牡馬展示会。
新年になる時に毎年行われ、活躍した内国産馬、海外から輸入した種牡馬は勿論の事、マイナーな馬も一緒に展示される。
ここでチェックする事は馬体の良さを生で見る事が目的であり、写真では分からない事がハッキリと分かる。
今回行われる展示会では、凱旋門賞馬のトニービン目玉商としてがお披露目されるので、多数の生産者、調教師、オーナーが観察中。
スラッとした流星が映る鹿毛であり白が一つも無い脚、幅がある馬体に薄い皮膚。
厩務員に曳かれながら堂々と歩いており見学者の間から所々、どよめきが出てくるほど素晴らしいようだ。
中小牧場の経済には厳しい値段――800万の種付け料だが、集める羨望は揺ぎ無かった。
秋子はイギリスのタタソールズ・ブリーズアップセール以来に見たトニービンだが、あの頃はここまで強くなるとは思ってなかった。
それくらい秋子の目が節穴だという事が分かり、あれから少しは相馬眼が良くなったかはまだ確信出来ない。
「……随分とスラリとした体型ですね」
一朝一夕で向上する技術ではないし、何よりも馬体より馬自身が発するオーラを捉える事が大事。
つまり、単純に言えば馬体と血統が悪くても馬の内面で眠っている力を見つけ出せば良いだけの事。
これが非常に難しく、10年間も馬を見続けても掴めない事なんかザラにある。
「トニービンは無理として、他の種牡馬は……」
リヴリア、など少し血統がマイナーなのが多いが、ノーザンダンサー系の繁栄が凄まじい速度だからこそ適応出来る血統が望ましい。
次々と展示される種牡馬が入れ替わっていくが、これと言った種牡馬を発見出来ない。
「ピリッと来るのは、トニービンとクリスタルグリッターズね」
秋子の視線を捕らえた2頭の種牡馬は既に展示を終えて、放牧地でゆったりと駆け巡っている時だろう。
今年、輸入された種牡馬の頭数は10頭だが、成功するのはそのうち1頭か2頭くらいが秋子の算段らしい。
まぁ、トニービンには少しの贔屓眼が入っているのは確かだが。
次に展示をされるのは今年、引退したばかりの内国産馬なので馬体はピカピカに手入れされているのが多い。
内国産馬代表となりえる新規種牡馬はサッカーボーイ、或いはニッポーテイオーだろう。
共にマイルでの成績が素晴らしく、現在の競馬事情を考えるともっとも人気になりそうな2頭。
その分種付け料は700万と高額であり、トニービンには遠く及ばないが価格経済としては厳しい値段。
「今年、付ける事は無さそうですね」
パタンと、貰ったパンフレットの背表紙を閉じてから秋子はスタスタと家に帰っていく。
Kanonファームに戻ると、祐一と名雪が放牧地で作業を行っておりテキパキと進んでいるようだ。
秋子の姿を確認すると、一旦手を休めてからお帰りと一言声を掛けてから再開し始める。
そして、秋子は軽く手を振ってから室内に戻り、パンフレットを秋名に見せながら検討を始める。
「今年はシリウスシンボリとかも種牡馬入りか」
時代が経つのが早いな、とでも言いたげに秋名は煙草を吸いながらパンフレットをゆっくりと捲っていく。
これと言うのが居ないと分かったのか、秋名は首を左右に振りながらパンフレットを閉じる。
「トニービンとクリスタルグリッターズが良いと思ったんですが……」
秋子の見解と秋名の見解はまったく違うようであり、秋名の方は0頭と評価が低い。
「もうちょっとマイナーな種牡馬が良いと思うんだが……」
トニービンの種付け料は高すぎて付けられる可能性は低いし、マイナー過ぎても良いとは言えない。
出来る限りフラワーロックには良い種牡馬を付けさせたいと理想があるのだが、高すぎず、安すぎずの中間が目標。
ノーザンダンサーとへイルトゥリーズンの血統を持つフラワーロックは如何に日本の血統が適応するかが課題でもある。
そのためマイナー過ぎても厳しいし、ある程度繁栄している血統が入っている事が望ましい。
「まぁ……もう暫く時間があるから、ゆっくりと決めるか」
灰が伸びた煙草をギュッギュッと灰皿に押し付けて、軽く背伸びをしてから秋名は室内から退出していった。
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この話で出た簡潔競馬用語
注1:クリスタルグリッターズ……ブラッシンググルームを父に持つ種牡馬。
注2:リヴリア……名種牡馬リヴァーマンを父に持つ、アメリカ産馬。