外の風景は黄色、赤、茶色が交じり合った草葉がKanonファームの周辺にある山々に溶け込んでいる。

     既に夏から秋へと季節が移り変わり、秋虫が演奏を奏でている。

     そして、Kanonファームでの繁殖牝馬の放牧地では変化が巻き起こっていた。

     秋子がアメリカで購入したフラワーロックが現リーダーを蹴落とし、リーダーの座を奪い取ったのだ。

     馬が野生だった頃の名残なのか馬は基本的に群れで生活をしており、必ず1つのチーム事にリーダーが存在していた。

     それは現在――競走馬に品種改良された今でも、受け継がれた血の本能が為せるのか何一つも変わっていない。

     現在、Kanonファームにいる繁殖牝馬の数は3頭とは言え、リーダーは馬自身が決めている。

     現1歳馬の2頭は育成牧場からの連絡によると、群れの1頭に過ぎずリーダーにはなれていないようだ。

     大手の牧場になると、新しい牝馬が繁殖入りするたびに変化するのが見受けられる事が請合い。

 

    「こうして見ると、うちの牝馬とフラワーロックはまったく違いますね」
    「……そうだな」

 

     馬体の幅、筋肉の付き具合、脚運びの器用さ、骨格の良さ、そして何よりも血統が全然敵わない。

     片や、父ニジンスキー母父へイルトゥーリーズン。

     片や、父タケシバオー母父シンザンと父ノーザンテースト母父アローエクスプレス。

     日本競馬は独特の血統が土壌に根付いており、海外競馬ではそれぞれの地域で流行している血統が人気。

     だが、日本独特の血統とは言え、異国の血が混じれば突然の爆発力を秘めた馬が生まれても可笑しくは無い。

     その為、大手の牧場は海外馬に対抗するのに必要な血脈を発掘する事も行っている。

     特にノーザンダンサー系の種牡馬の輸入が多いのは確かだが、その実態は本国で見捨てられた2流馬。

     だが、今年のジャパンカップ後に輸入される超大物種牡馬が鳴り物入りで日本に輸入される。

     その馬の馬名はトニービン――秋子が欧州でジェットボーイを購入した時に見かけた馬。

     まさか、ここまで活躍するとは秋子は思っておらず、後悔はしたが悔やんでも仕方が無いので水に流している。

     閑話休題。

     秋のレースの最大目標はジェットボーイをスプリンターズSに出走させる事。

     優勝する事は1%くらいの確率で望みがありそうだが、高望みはし過ぎない方が良い。

     サイクロンウェーブは500万下の勝利を、クイーンキラは1勝目をデビュー前の2歳馬は勝利を。

     一番現実的に叶いそうなのは、サイクロンウェーブが500万下を勝利する事だろう。

 

 

     本日――日曜日なので、競馬開催日。

     スプリンターズSのトライアル的レース――セントウルSが行われる。

     パドックにはジェットボーイが闊歩しながら、ゆっくりと周回をしている。

     前走――函館スプリントSが2着だった事が評価されたのか15頭中5番人気。

     1番人気はジェットボーイの勝利を打ち破ったセントシーザーとなっており、2〜4番人気も重賞戦線で活躍した馬。

     マイラーズカップの覇者、ミスターボーイ。

     クリスタルカップの勝利馬――ツジノショウグン。

     阪急杯を2.1/2差で勝ったサンキンハヤテ。

     これだけの重賞馬が出走しているのはスプリンターズSに向けて、感覚を掴むため。

     ただジェットボーイだけは、確実に出走できるために賞金加算が必要。

 

    「頑張って欲しいなー」

 

     名雪は頬杖を付きながら心中はワクワクしているのだろうか、語尾が上擦っている。

     こうしている内に、パドックから本馬場入場が行われレース直前の輪乗りが始まっている。

 

 

     ジェットボーイは4枠6番――青いヘルメットに秋子が馬主である証明の勝負服を騎手が着ている。

     ゲートで少し、嫌がる素振りを見せつつも直ぐにゲートイン。

     全頭――15頭がゲートイン後にスタートが切られる。

     ジェットボーイはいつもの指定席――逃げ脚を発揮して先頭に立つが、前走の逃げ脚がばれているので、簡単に逃げられない。

     2頭がジェットボーイの尻を追う様に確執なマークを受けており、このままだと共倒れの可能性もある。

     人気上位の5頭はジェットボーイを眺めるように、先行と中団に位置している。

     1000mの通過タイムは58.12。

     これでは道中で息を入れないと厳しいタイム。

     ジェットボーイは馬群に囲まれるのが苦手であり、横で競り合っている分は何も問題が無い。

     下げるべきかこのまま行くべきか、迷っているうちに3コーナーを過ぎ、最終コーナーを越えてしまった。

     直線。

     325mの緑色に輝く絨毯の上をジェットボーイがそのまま先頭で駆け抜ける。

     ジェットボーイの尻を追いかけていた2頭はズルズルと下がっていく。

     スルスルと、上位人気馬――セントシーザーがジェットボーイの脇をすり抜けようと上がっていく。

     残り200m。

     阪神の坂――高低差2mの坂を駆け上ろうとするが、ジェットボーイはそこまで。

     結局、勝ったのはサンキンハヤテであり、セントシーザーは4着。

     そして、ミスターボーイは大惨敗の12着になってしまった。

     ツジノショウグンは7着でジェットボーイは1つだけ、上回る6着に終わった。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     注1:ミスターボーイ……笠松競馬場から鳴り物入りで中央に来た馬。
     注2:サンキンハヤテ……この年の阪急杯とセントウルSの覇者。
     注3:ツジノショウグン……この年のクリスタルカップを制した馬。