1週間振りの日本。
当たり前だが1週間で何処かが変わるわけでは無く、千歳周辺は出国する前と同じように観光客が溢れかえっている。
天井からぶら下がっているアナログの時計を見ると、17:30を示しておりケンタッキー州のルイスビル空港から成田空港まで約11時間。
更に、成田空港から新千歳空港まで1時間25分。
もう秋子の体力は赤くなる1歩手前と言ったところか、荷物が入っているカーゴを引く姿がやつれて見える。
公衆電話を見つけたので、秋子は迎えに来てもらおうと考えて財布から10円硬貨を取り出そうとするがドルから替えていない事を思い出す。
残っているのは千円札くらいで、何かを買わない限り細かい小銭は無いのだが、そこまで気が回らないようだ。
「……暫く、休憩しましょう」
近くに設置されているプラスチック製のベンチに腰を下ろして、ぼんやりとまどろみながら外を眺める。
オレンジ色に染まった夕焼けが、ガラスに反射して幻想的に空港内を照らしていた。
「馬が購入できたのは良いですが、やっぱり日本の方が落ち着きます」
ふぅ、と一息吐いてから時計を眺めると17:42とそれなりにぼんやりとしていたようだ。
誰も知り合いはこの場には居ないのだが、恥ずかしそうに頬を軽く掻いてから、秋子は自動販売機に向かって缶コーヒーを購入。
そして、そのまま隣に置かれているグリーンの公衆電話に10円を投下して実家――Kanonファームの電話番号をプッシュする。
数秒間、コール音が鳴り続けてから受話器に聞きなれた声が聞こえてくる。
「もしもし、名雪ね?」
少しだけ間延びしているが、要所はキチンとした声で電話に対応して、うんと返事が聞こえてきた。
購入出来た? と秋子は質問されたので、後のお楽しみになる様に曖昧な返事をしたのだが、名雪は不満そうな声を出す。
秋子は先程、購入した缶コーヒーの存在を思い出したのか、受話器を肩と耳で挟みながら左手で抑えて、右手でプルタブを開ける。
「楽しみは後に取って置いた方が良いでしょ?」
秋子は名雪を宥めるために発言すると、まぁそうだね、と淡々とした反応が返ってきた。
「姉さんに、迎えに来てくれないか聞いてみて」
パタパタとスリッパの音を立てながら、名雪は秋名がいる場所――厩舎に向かって行ったようだ。
暫く、缶コーヒーに口を付けながら待機していると、ようやく返答が返ってくる。
めんどくさいから自力で帰って来いだって、と秋名とそっくりの声色で名雪は伝言だけを言って受話器を切ってしまった。
「……はぁ、これくらいの事をしてくれても良いのに」
トボトボと肩を落としながら、カーゴを引きつつ途中のゴミ箱に空っぽになった缶コーヒーを捨てて、タクシーを拾った。
数時間後タクシーの振動に揺られながら、秋子はようやく我が家に辿り着いたのでホッと溜息を吐く。
タクシーの料金は2000円近くだったので秋名に支払って貰って、本当に疲れきった表情だった。
「お帰り、お母さん」
名雪は玄関前で待っていたのか、ギュッと抱きついてくる。
精神が大人びていても、まだ小学生なので母親に甘えたい年頃なのだから別に珍しくも無い。
「ただいま」
ポンポンと名雪の手に絡む事無く流れて艶のある髪をゆっくりと撫でつつ、秋子はリビングに移動する。
封筒に仕舞われた書類を、ボストンバッグから取り出してテーブルの上にスッと秋名の前に置く。
秋名は書類を掴んで穴が開くほど見てみるが、頬を軽く人差し指で掻きながら読めないなと呟いた。
「購入出来たようだけど、値段は?」
「17万ドル――約2210万です」
それなりの値段だな、と秋名は確認してから血統が書かれた書類の方に視線を移す。
父ニジンスキー母父へイルトゥリーズン、受胎種牡馬がミスタープロスペクターか、と声を出して呟く。
ふんふん、と秋名は頷いた後、秋子に向かって労いの言葉――お疲れさまと言う。
すると、その言葉で安心したのか秋子は寝息を吐き出しており、ゆったりとソファーに寄りかかったまま船を漕いでいる。
「……本当にお疲れ」
秋名は秋子の寝室からタオルケットを持ってきて肩から掛け、リビングの電気を全て消して室内から出て行った。
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この話で出た簡潔競馬用語
特に無し。