3日目……交渉失敗。
4日目……交渉失敗。
5日目……交渉失敗。
6日目……交渉失敗。
どれだけの牧場を訪問したのだろうか、と思えるくらい茶色の背表紙の隅に駆ける馬が描かれた手帳には牧場名の横に×マークが。
まるで、撃墜マークを稼いだエースの様に赤でマーキングされた×印が哀愁を誘う。
撃墜したのでは無く“撃墜された”の方が正しいのだが、今は残りの牧場を見回る方が先。
16:30のフライトまでに飛行場に戻らなくてはならない事を考えると、15:45程までに交渉を続けなくてはならない。
「……残りは数軒くらいですか」
すっかりと意気消沈している秋子は、大きく溜息を吐いてからレンタカーを発進させる。
今日中に購入出来ないと1頭も秋子の元に来ない事になってしまい、秋名に何を言われるか分かった物ではない。
瀬戸際と言えるくらい、既に秋子は余裕が無く来た当初に比べると心なしか笑顔が減ってきている。
既に流れていく風景を楽しむ事は出来ず、躍起になって繁殖牝馬を探していると言った方が正しい。
「次は……ここですね」
牧場の内観を覆い隠すように連なる白いレンガによって、外観はまるで白亜を表しているようだ。
かなり大型の牧場らしく、地平線が見渡せるくらいの規模を持っているようで厩務員が一直線の隊列で馬を曳いている。
Kanonファームとは何もかも違い、ここまで徹底するのは並大抵の事では出来ない。
「これくらいしないと、GⅠどころか重賞も勝てないのでしょうか?」
事務所まで30代近くの男性に案内されながら、秋子は独り言を呟くが相手は日本語だったので一瞬だけ秋子の方を向く。
事務所の前に辿り着くと、Kanonファームの様に家の一部を利用しているのでは無く、独立して置かれている。
中に案内されると革張りのソファーに、優勝馬の写真とレイが多数飾られている。
写真には勝ち馬の馬名と勝利レースと日にちが書かれていた。
ケンタッキーダービーを勝った馬などの写真が額縁に入れられており秋子は感嘆しながら眺めている。
暫く眺めていると、この牧場をまとめる経営者らしい女性がやって来た。
黒スーツ姿にノンフレームの眼鏡を掛けており、ブロンドの髪が陽光によって輝いていた。
瞳は穏やかで蒼い眼が、ジッと秋子の事を捉えつつお互いに名刺の挨拶から始める。
名刺には電話番号と、名前、役職と牧場名が書かれており牧場の遊び心だろうか左隅には駆ける馬の絵。
オーナーの名前はティナ・フォージリアスと英語で書かれていた。
どうやら、この牧場のオーナーらしく手に持っていた繁殖牝馬のリストらしい物をテーブルの上に広げてくれる。
秋子は繁殖牝馬の事を言っておらず、何故分かったのか首を傾げている。
「あなたが繁殖牝馬を探しているのは風の便りで聞いていますから」
英語ではなく日本語を随分と堪能している事が分かり、秋子は驚愕の表情を顔に出すが、すぐさま失礼だと思い謝る。
相手は頬を緩めて、気にしないでくださいと言いながら、リストを秋子が見やすい様に広げた。
「えっと、ミスタープロスペクター産駒を受胎している牝馬ですよね?」
「そうですね」
そうなるとティナは呟いて、プリントをカサカサと音を立てながら捲っていく。
出てきたリストは10頭。
値段を考えて購入できそうな馬は5頭。
写真と血統だけを見ても、何処が悪いかなどが分からないので実際に見せて貰えるか秋子は交渉する。
あっさりとOKを貰ったので、二人は資料を持って放牧地に向かっていく。
秋子は最後にティナとガッチリと握手をして別れを告げる。
満面の笑顔でお互いに別れを告げてから、秋子は出国ゲートを通り帰国する飛行機に向かって行った。
フライト時間までまだ少しあるので、封筒に入った書類を取り出してじっくりと眺める。
血統が書かれており、父ニジンスキー、母父へイルトゥーリーズンとなっており、母名はフラワーロックと。
譜面だけ見れば、それなりの良血だが母系からは重賞馬が数十年出ていない事もあり、一般的な血統。
成績は10戦1勝と平凡なもので、産駒もこれと言った馬がいない。
購入費は17万ドル――日本円で約2210万とそれなりの価値で譲って貰った。
秋子はティナに最大限の感謝を心の中で行いながら、黄昏に包まれたアメリカ大陸をフライトしている機体の中から眺めた。
戻る ← →
この話で出た簡潔競馬用語
特に無し。