秋子は実に浅はかだったかなと思いつつ、レンタカーを走らせていた。
牧場見学を兼ねて、繁殖牝馬を譲ってもらおうと交渉したのだが失敗。
怒らせたと言う訳ではなく、先方の言う値段が釣り合わなかったとも言う。
秋子が提示した値段は20万ドル――日本円で言うと約2470万と、それなりの値段だった。
先方の方は3000万を提示してきたので530万も、多くは出せないのでこの時点でお流れになってしまった。
その馬の血統は父スペクタキュラービッド、母父へイルトゥーリーズンと父が2冠馬ということ以外はマイナー血統。
やはりと言うべきか、ミスタープロスペクターを種付けされた分、繁殖牝馬の値上がりが起こっていた。
秋子は次の牧場でも同じように交渉するが拒否されてしまう。
ただ、最初に行った牧場もだが、売らないと言われた訳ではなく顔馴染みが無いからと言われたのである。
それと値段が釣り合わない事があるので、この2つが影響しているのが少なくとも遠因になっている。
名刺のやり取りはキチンとしているので、これからは困る事は無いのだが一発で購入は厳しいのだろう。
「うーん……やっぱり不可能でしょうか?」
それとミスタープロスペクター産駒の人気がここまで高騰しているのは秋子にとっては計算外。
秋子はレンタカーを運転しながら、次の牧場――3件目を尋ねるために移動をしている。
安い繁殖牝馬なら可能だと思っていた秋子の計算違いだが、ここで簡単に諦める訳にもいかない。
下手な矢数打てば当たると言うポジティブな諺もあるので、秋子を突き進めるのはこの言葉があるから。
やはりと言うべきか、予想通り3件目でも購入は不可能だったが先程とは違い、門前払いされてしまった。
連絡した際に何かが不具合あったらしく、そのせいとも言えるが自分のミスなので秋子はその事を認めるしかない。
「次です、次」
諦めもせず、秋子は次の牧場に向けてレンタカーのエンジンを始動させて発進させる。
結局、この日は5件とも全滅と言う結果になってしまい、アポ無しで牧場には行けないのは日本も同じ。
なので、このままホテルに戻るのは時間の無駄だと思ったのか競馬場に向かう。
ここチャーチルダウンズ競馬場は、ケンタッキーダービー開催地として有名であり、1789年に出来た歴史ある場所。
観客席には白い尖塔が2連離れて、屋根の上に聳え立っているのも有名なシンボルである。
アメリカ競馬はダートレースがメインなので、日本とは違い外馬場がダート内馬場が芝。
日本では地方競馬――盛岡競馬場だけが同じ形態を採用している。
コース形態は殆ど楕円型であり、小回りなコースなので先行勢が圧倒的に強く、ガンガンとやりあうサバイバルレース。
更に直線は欧州や日本の様に長くなく、大体300m前後が基準となっている様だ。
日本の競馬場みたく、特殊な形をした競馬場はサンタニアパーク競馬場のみなので如何に激しいレースだとは分かる。
閑話休題。
本日、チャーチルダウンズ競馬場ではハンデ戦のG�靴�行われているらしくそれなりの観客が入場している。
アメリカではレースを盛り上げるためにハンデ戦の数が多く、定量戦の方が少ないのが実態。
「馬券は……止めておきましょう」
今は馬券より、馬体を見て学んだ方が後により有効になるのは明らか。
ただ、アメリカでは重厚な筋肉質の馬が好かれており、馬場で周っている馬は胸板がガッチリしているが多い。
日本ではやや胴長で長距離タイプの方が未だに好まれているが、時代は少しずつ移り変って行く。
これからの時代――短距離レースに合わせた馬が必要になるのは確かであり、秋子は取り残される気は無い。
レースが始まるのか、観客はコース前に移動をし始めたので秋子も流される様に付いて行く。
コース前に辿り着くと既にレースは始まっており、幾多の馬がダートを跳ね上げて砂埃を撒き散らし騎手が手綱を扱いている。
まるで、ゴール前の様な風景。
後方から行く馬は殆どおらず、逃げと先行の脚質が先頭争いを続けている。
最終コーナーを回るころにはドンドンと脱落する馬が増えてきて、最終的にはサバイバルで生き残ったのが勝利した。
「これが……アメリカ競馬ですか」
秋子自身が眼で初めて見たアメリカ競馬の実態は、G�気任鰐気い海戎佑版呂�一体になって迫力のある競馬だった。
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この話で出た簡潔競馬用語
注1:スペクタキュラービッド……2冠を含み、30戦26勝もしている。
注2:へイルトゥーリーズン……これと言った勝ちは特に無いが、種牡馬としてはかなりの成功。