函館スプリントSで初の重賞制覇にはならなかったが、Kanonファームには嬉しさが込み上げてくらい色めき立つ。
2着とは言え、あと数メートル直線が短ければ勝っていたと言える位、惜しい走りを見せてくれたのだから。
ただ、ここで2着になったとは言え、あくまでもローカル競馬場の重賞なので東京や中山になった途端に通用しなくなる事もある。
秋競馬の重賞で良い成績を残せたら良いのだが、ローカル競馬と中央競馬では実力の差が激しいので厳しいとも言える。
函館スプリントSで2着になったのは勢い付けになるか、それとも偶々ローカルで2着になれたから、は見極めが必要。
だが、秋名を除いた3人――秋子と名雪、祐一はその事に気付いておらずただただ、早計にはしゃいでいた。
「はしゃぎ過ぎだぞ」
秋名はげんなりと溜息を吐いてから呟き、はしゃぐ3人を咎めようとするがまるで聞こえないようだった。
だが、秋子達がはしゃぎたくなる理由も分かっているので秋名は強く言えない。
何故なら地方馬が東海Sで3着になった以来の重賞挑戦で、その成績を超す2着だったのだから。
もう一度、秋名は溜息を吐いてから肩を竦めつつ、その様子を暫く見守った。
さて、上半期のKanonファームの成績はそこそこ良い方であり、前年の勝率はスランプとも言えるかもしれない。
今年デビュー予定の2頭は既に栗東トレーニングセンターの一角に位置する厩舎に預けられている。
夏デビューの確率は低く9月以降のデビュー算段が高いようで、今はじっくりと調教中らしい。
ただ、そろそろ新たな血統を取り入れる時期であり、半兄弟が増えてきたので秋子は予定通りアメリカに繁殖牝馬を求めに行く。
アメリカには知り合いがいないので当ては100%無いのだが、行動しないよりはマシである。
西と東、中央で1万近く牧場があるので、回る場所を絞らないと見きれない程、広大なのである。
取り合えず、1週間くらいは滞在する予定と言えるが、それ以上延ばしてしまうと牧場経営が響いてしまう。
例え、ミスタープロスペクター産駒を受胎した繁殖牝馬を購入できなくても顔を覚えてもらうだけでも収穫になる。
「まぁ、簡単に売ってくれると思いませんが……」
うん、と秋子は自分自身が言った事を頷きながら、言葉を口にしている。
秋名もその事は同意しているのだが、名雪だけは何とかなるんじゃないと無責任な事を言い切ってしまう。
祐一も名雪に同意してしまい、意見は丁度半々に分かれたのだが、この事はあまり関係無い予想。
「来週に行くんだよね? お土産は血統本とかが良いな」
日本の大手牧場には観光客がお土産を買う場所などがあるのだが、欧米ではそのような施設は競馬場にしか無い。
なので、秋子が競馬場に行く事があれば購入は可能。
約束は出来ないけど、と秋子は困った表情で曖昧な言葉を口にしてから、一応の約束を取り付ける。
秋子の所有馬である愚娘――クイーンキラが久しぶりに出走する。
2月以来だから、およそ5ヶ月振りの出走となるのだが、相変わらず臆病な性格は変わっていないという。
そう、人の性格と同じように簡単には変わらない。
今までダート戦のみを走っていたので、芝のレースに初挑戦する事が決定した。
距離も少し伸ばして、1200mから1600mへと400mの距離延長。
7月29日新潟競馬場で行われる芝1600m。
新聞を見ると、印は注が1つだけで後は真っ白――つまり最低人気と言っても良いくらい。
一番人気の馬は全て――5つ中5つが◎なので、思いっきり人気と実績で負けている。
運が良ければ勝てるレベルであって、実力勝負ではあっさりと負けてしまうだろう。
パドックでも相変わらず他馬を恐れて歩いており、いつもと変わらない様子。
「……まったく変わらないね」
一応、秋子の所有馬だからTVを付けているのだが、名雪は半目になってジッとクイーンキラを見ている。
自分が名づけた馬なのだから、もう少し走って欲しいと言う気持ちもあるのだろうが、現実は残酷。
またにしても、着順は下から数えた方が早い結果――15頭中13着。
「……ほんっとうに走らないね」
名雪の表情は怒り心頭で眉間には深い皺が刻まれており、こめかみには青筋のマークがくっきりと浮かんでいた。
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この話で出た簡潔競馬用語
特に無し。