本格的に春が到来した。

     近くにある街路樹の桜は既に辺り一面に咲き誇っており、満開だと一目で分かる状態。

     この有名な桜を見に来る観光客の数は日に日に増加しており、牧場に影響が出ないようにするのは困難である。

     どこの牧場もこの時期は繁殖牝馬の出産が到来しているので、騒がしくならないで欲しいのが本音。

     だからと言って、観光客を追い出す事は不可能なので牧場関係者はこの時期のみ耐えるしか無い。

     Kanonファーム周辺にそびえる山々も緑色の葉を茂らせて、植物と花の匂いを風が運んで来る。

     そして、夜間放牧を行うために厩舎と放牧地を繋げた部分は1つになり、好きな時に1歳馬が外に出たり戻ったりしている。

     ただ、夜間時は未だに外に行こうとせず、厩舎の中でうろついている事が多い。

     新たな環境になった不安は古馬でも見られるほど、馬は臆病である。

     昼と夜ではまったく周辺の風景が違うので、馬にとっては夜の放牧地は別世界に迷い込んだように思えるのだろう。

     Kanonファームの敷地内には家の電灯と厩舎の電灯くらいしかないので、馬で無くても怖く感じる。

     特に暗闇の中で草葉が風によって声を囁くように音を立てる時は、未だに秋子でも驚く事がある。

     それくらい、どこも牧場周辺は暗いと言えるのだから。

     閑話休題。

     今年の現時点の勝利数が去年の2勝と並び、3勝目が目前となった。

     秋子に勝利の味と懐を満たしてくれた馬は、それぞれサイクロンウェーブとアストラルの2頭。

     サイクロンウェーブは3戦目にして1番人気になり、先行抜け出しであっさりと勝利を収めた。

     アストラルの方は中団からスッと抜け出して、鞭も手綱も使用されずに2馬身程度を突き放して勝利。

     とは言え、アストラルは秋子の所有馬ではなく売却した馬なので、生産者賞のために応援するくらいしかない。

     そして、愚娘――クイーンキラは9着と、相変わらず、馬込みが駄目なのと他馬を怖がる性格が足枷になっていた。

     サイクロンウェーブとアストラルの両頭はこれで1勝目ずつになり、共に500万下に昇格した。

     相変わらず、クイーンキラのみは未勝利クラスを卒業出来ていないのだが。

     サイクロンウェーブとアストラルはこれからのために、追加登録料を払ってクラシックの軌道に乗ることは可能。

     出走枠が18頭以下で抽選を潜り抜けると言う、厳しい制約があるが。

     ただ、どう足掻いても現時点では皐月賞の出走は抽選でも不可能なので1%の確率に賭けて、ダービーのトライアルから権利取りだろう。

     1%でも可能性があるなら誰だって日本ダービーは目指す物であり、出走さえ出来れば嬉しい事なのだから。

 

 

     そして、今年3勝目の勝利を目指して本日、出走するのが秋子所有馬のエース――ジェットボーイ。

     エースと言っても、11戦4勝2着1回、3着3回で重賞未出走なので、大手牧場から見たら中堅と言えるレベル。

     ここを勝利して陣営としては重賞挑戦に弾みを付けたいところであった。

     出走するレースは阪神芝1400mで行われる心斎橋ステークスであり、ハンデ戦なので近走の結果から55kg。

     出走メンバーは1600万下なのでそれなりに層が厚いと言える。

     そのお陰でジェットボーイは前走から5ヶ月ぶりのレースなので、人気は14頭中5番人気。

     そして、ジョッキーも乗り変わりになっているのでその点が重なって人気が低いとも言えた。

     レース前になり、秋子はTVに穴が開きそうになるほどジッと見続ける。

 

    「お前の方が入れ込んでいるぞ」

 

     秋名は擬音が出そうな勢いで秋子の頭を叩き、叩かれた本人はハッと我に返り恥ずかしそうに頬を赤く染めて項垂れた。

     そうこうしている内に、出走間際になっていた。

     今回はスッと前走の様に絶好のスタートを切り、そのまま逃げの体勢で先頭に立つ。

     4馬身程、突き放した所で一息入れてその場所をキープし続ける。

     2番手以降の馬と騎手達はハイペースだと思っているのか、その場所から動こうとしない。

     実際の1000m通過タイムは1:00.5と、1400mのレースでは遅い方。

     そして、阪神競馬場特有の3コーナーから4コーナーにある擬似的な直線を越える。

     ジェットボーイは気分良く走っており、スムーズに直線も良い調子で走っている。

     阪神の直線352.2mの間には高低差1.8mの坂があり、それを乗り越えればゴール。

     ジェットボーイは坂に勢いを殺される事も無く、そのまま先頭に立ったまま。

     後続馬は差を追い詰めているのだが、1000mの通過タイムが遅かった事が響いて伸びきれない。

     結局、3馬身差を付けてジェットボーイは久しぶりの勝利を味わった。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     特に無し。