雪解けの季節――春が近づいてきた北海道の大地は、新たな芽を伸ばし始める。

     ここ、Kanonファームも少しずつだが春の息吹が聞こえてくる。

     まだ雪がほんの少しだけ残っているが、徐々に消えていくその姿は今冬までお預けだろう。

     家の傍に立っている年代を感じさせる木の枝には、新たな芽を少しずつ出していた。

     そして、Kanonファームには作業服を着込んだ数人の男達が出入りしており、厩舎と放牧地を繋げるために工事を行う。

     ただ、繁殖牝馬や仔馬の事を考えると騒音は出来る限り、控えなくてはならないので、ゆっくりと進められる。

     繁殖牝馬と1歳馬は出来る限り、騒音が響かない場所に放牧をされる様になったが慣れない場所なので、あまり動かない。

     改築が終わる予定の1ヶ月後になれば夜間放牧が出来るようになり、1歳馬の成長を促す事が可能になる。

     夜間放牧を行って直ぐに結果が出る訳ではなく短くて数年、長くても数十年は掛かってようやく結果が出ると言う。

     それまでに競馬がどんな風になっているかは誰も分からないが、先を見据えて行わなくては生き延びられないのは事実。

     秋子が選んだのは滅びではなく、辛く険しい道であり生き延びる事を選択した。

     例えエゴと言われようとも自分の代で潰す気にはならないし、何より名雪に跡を継いで欲しいと思っている。

     名雪が継がないと言ってしまえばそれまでだが、秋子の勘は後を継いでくれる方に傾いているようだ。

     この牧場――Kanonファームで生まれ育ってきた名雪が簡単に帰る場所を捨てるとは思えないのだから。

     まぁ、この事は随分と先になるので今から予定を決めていると鬼が笑っている事だろう。

 

 

     秋子と秋名はゆったりとソファーに座り込んで、昼休みを満喫していた。

     テーブルの上にはホットコーヒーが秋名の前に紅茶が秋子の前に置かれており、それぞれに味を楽しんでいる。

 

    「姉さん、祐一君の騎乗はどうですか?」

 

     秋名は手に持っていたカップをテーブルに置いてから、秋子の方を向いて少しだけ肩を竦める。

     その仕草とまだまだと言いたげな表情を見ると、腕が上がっているのがゆっくりで、もどかしいのだろう。

 

    「ったく、後5年で競馬学校の受験なんだぞ」

 

     実際には、競馬学校の受験時には筆記テスト、体力測定のみなので馬術はまったく参考にならないと言った方が正しい。

     それでも熱心に教えているのは、基本的な事をマスターしてもらうだけである。

     手前の変え方、手綱の持ち方、ダク→キャンター→ギャロップと基本的な事だけでこれだけある。

     因みにそれぞれ、ダクは2節の歩き方、キャンターは3節の歩き方でギャロップが全速力で走る方法。

     ダクは左前脚と右後脚、右前脚と左後脚がそれぞれ同時に着地と離地の斜対歩。

     キャンターは最初の一歩が左前脚の場合、左前脚→右後脚→左斜対脚→右前脚の順に動き、右前脚の場合は逆。

     ギャロップは通常の時は左前脚→右後脚→左後脚→右前脚の順で着地をするが、スタート時と手前を変える時は違う方法。

     その場合は、左前脚→左後脚→右後脚→左前脚で走る回転襲歩と言い、上記は交叉襲歩と言う。

     閑話休題。

     秋名が教えている事はこの3つだけだが、一番苦労しているのは手前を変える方法。

     馬にも左利きと右利きがあり、上手く手前を変えられないとレースで惨敗する事が多数。

     競馬場のコースによって左回りと右回りがあり、それぞれのコーナーの時に回る方に合わせて手前を変える必要がある。

     スタートからゴールまで同じ手前で走っていると、脚元に負担が掛かるので祐一はこの事を覚えなくてはならない。

     これを覚えてしまえば、後は変な乗り方さえしなければ馬の負担が格段に減る。

     だが、走っている馬――ギャロップ中で手前を変える事は難しいので、ダクの状態で行わせている。

 

    「難しいのは確かだが、早めに覚えて欲しいんだがな」

 

     秋名は少し冷めたコーヒーに口を付けて、ゆっくりと飲みなおす。

     まぁまぁ、と秋名を宥める様に穏やかな口調で言いながら、自分の紅茶に新しく継ぎ足す。

 

    「今は楽しませて乗せた方が良いですよ」

 

     秋子の言い分も一理があるので、秋名はむっと眉間にしわを寄せてしかめ面になってしまった。

     刻々と時計の秒針は時間を進めており数秒近く、秋名は言われた事を考えつつ眉間の間に指先を置く。

     暫くして秋名はそうだな、と秋子の言い分を選択した。

     そして、翌日から秋名は自由に乗って良いぞ、と言った所で何故か今まで以上に頑張っている祐一の姿が見受けられた。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     特に無し。