サイクロンウェーブは折り返しの未勝利戦で2着。
着差は1馬身と前走より良化してきており、次走で勝てるのではと、久瀬調教師から電話があったのは嬉しい事実。
逆にクイーンキラはシャドロール、チークピーシーズとRPGで言うと完全武装しての未勝利戦だったが10着。
因みにシャドロールは馬の影に怯えたりするサラブレットがいるので、それを防止するために頭絡の鼻革に付ける物。
そして、チークピーシーズは頭絡の頬革に付けて、前方を意識させる物であり、この2つは羊の毛で作られた馬具。
つまり、後方を意識させないためと怯える事を無くすために装備させたと言っても過言では無い。
こちらの方は久瀬調教師がお手上げのポーズを出されてしまい、秋子はがっかりと肩を落としてしまった。
とは言え、少しずつ結果を上げている事が幸いとも取れる状態だが、このまま2桁着順を繰り返しているようだと引退も考える必要がでる。
そして、Kanonファームが生産したアストラルは年明けデビュー戦を2着でサイクロンウェーブと同じ様に次走の弾みを付ける。
所有馬の数が増えた事は1週間で2頭も出走可能になったこれからは、勝率がアップする事が期待出来るスタートであった。
ただ、いくら数が増えても馬の質が悪ければ勝率はアップすることは無い。
現所有馬の3頭は秋子が期待をしているので、簡単に引退させる事は無く賞金を咥えて来てくれればOKなのだから。
秋子としてはアストラルを自分で所持したかったのだが、日高軽種牡馬組合の規則――トウショウボーイ産駒牡馬はセリに出す事。
競馬でも“if”の話は好まれる事が多いが、秋子にとってはアストラルが牝馬だったら所有出来ていた事を思い馳せる。
だが名雪だけは、応援でも出来れば良いんじゃないの、と言葉にしたので秋子は反論の余地が無かった。
秋子もその事は分かっているので数秒近く遅れてようやく口を開き、名雪の言葉をささやく程の声で肯定する。
「えっと、アストラルだっけ? 重賞を勝ってくれればわたしとしては言う事無いよ」
その言葉を聞いて秋子は情けなく口を開いたまま、硬直してしまう。
名雪はチラリと読んでいる雑誌から視線を離し、Kanonファームの中では暫く成し遂げられそうも無い事を客観的希望で述べる。
何の根拠があるかは分からないが、秋子から見た名雪の瞳は自信が溢れ、アストラルの未来が見えているようだった。
さて、Kanonファームには現1歳馬が2頭――それぞれ牡馬牝馬1頭ずつ。
来週になったら、育成牧場に連れて行くのだが、スティールハート産駒の牝馬は相変わらず後左脚が外側に湾曲していた。
競走中に問題が出るほど酷くは無いのだが、脚元の負担は普通の馬より数倍近く掛かる恐れがある。
「生まれつきで、こういうのは厳しいですね」
秋子は放牧後にアイシングで、毎日患部を冷やす事を日課としており、そのせいで、秋子の手はカサカサになっている。
だが、これは馬の事を思うと、止めてはならない事なので秋子は手の事を省みず毎日行っていた。
秋子はアイシングが終わると1歳馬の額から鼻筋をゆっくりと撫でてから、お休みと呟いてから軽く口づけ。
星が輝く空の下を秋子は雪を踏みしめながら、馬が1頭も外にいない牧場風景を眺めながら歩く。
ふと、放牧地の柵を撫でるために雪をサッと払いのけてから、ちょっとばかり寄りかかり、
「もうすぐ、放牧地と厩舎を繋げる事が出来る時期になりますね」
それは去年、秋名と飲み明かした時に出た提案の1つ――夜間放牧を行えるようにする為の事。
暫く放牧地を眺めてから、秋子は家に戻って行った。
家に戻ると秋名が玄関前で佇んでおり、白い何かを手首のスナップだけで繰り返して上下に投げていた。
「ほら、手を出しな」
秋名はグイッ、と秋子の細くてガッチリとした筋肉質の腕を引っ張り、手にハンドクリームを塗る準備をする。
あかぎれで肌の張りが悪くなっている秋子の手にゆっくりと、塗りながらお疲れと言う秋名。
女の手なのだから大事にしろ、と説教をしながらハンドクリームを塗っているので秋子は苦笑いを洩らすしか無かった。
「終わったぞ」
「ありがとうございます」
秋子は手を擦りながら秋名にお礼を言うが、言われた本人は恥ずかしそうに頬を人差し指で掻いていた。
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この話で出た簡潔競馬用語
特に無し。