ジェットボーイは帰厩し、Kanonファームには0歳馬2頭と繁殖牝馬2頭しかいない。

     ガラーン、とした放牧地を見てホッと溜息を吐く秋子だが、来春になると忙しさは増えるのは確定している。

     0歳馬の子別れも済ませており、後1週間は仔馬が寂しさを紛らわすために嘶く日が続く。

     ジェットボーイの次走はまだ、決まっていないが挑戦をさせてみると電話越しで、何か企んだような声で言われていた。

     OP戦は出したので重賞しかないが、幾らなんでもGⅠスプリンターズSに出走できるとは思っていない。

     よしんば、抽選を通ったとしても勝ち目は1/18の確率だが、馬の能力や展開etcを加算してもかなり低い。

     今年の出走馬の中にはGⅠ馬はフレッシュボイスとタカラスチールが出走意欲を表明しており、他にもセントシーザーなどが。

     GⅠ馬が出走しないならそれなりに確率はアップするのだが、現時点では万が一でも勝てる力は無いと断言出来る。

     5月に行われたテレビ愛知OPでセントシーザーにちぎられたのが論より証拠であった。

     夏の調教でどれだけの差が埋まったかは不明だが、セントシーザーだって成長している可能性はあるのだから。

 

    「まぁ、まずはクイーンキラの出走が先ですね」

 

     秋子はジェットボーイを考えている事を頭の中から消去して、テレビを見やる。

     中山の天気は秋晴れと言えるくらいの天気で、雲が1つも浮かんでいない。

     9月17日。

     この日がクイーンキラのデビュー戦となる日だった。

     秋子の膝にはちょこんと名雪が座っており、久しぶりに膝に座れた事が嬉しいのかエヘへと笑っている。

     パタパタと名雪は脚を動かしており、嬉しさが秋子にも伝わっているらしく名雪の髪を優しげに撫でている。

 

    「結果はどうなると思う?」

 

     名雪の顔を覗き込んで質問をすると、現実主義っぽい答えが名雪の口から飛び出てきた。

     祐一は1着が良かったと言っていたが、名雪は入着出来れば上々じゃないと親指を唇に当てながら質問に答える。

     年不相応な答え方だが、名雪にとっては簡単に勝てない事は知っているし夢を見すぎるつもりも無さそうだった。

 

    「もっと、勝てるとか断言しても良いのに……」
    「期待しすぎて惨敗とかは見たく無いし、それなら掲示板に載るくらい十分」

 

     娘の言い分に秋子は苦笑いを洩らす位しか出来なかった。

     けれど、秋子の膝に座りながら言われても説得力は無く、名雪はその事が分かっているのかそっぽ向く。

 

 

     そうしている内にクイーンキラの出走時間が近づいてきた。

     現在の人気は14頭中10番人気。

     オッズも70.4倍と大穴と言えるくらい人気が無く、クイーンキラ自身も他馬に脅えて入れ込んでいるように見える。

     この事が問題で人気が無いのが確かだろう。

 

    「うーん……世話していた時はそんな素振り無かったけどな」

 

     名雪は相変わらず秋子の膝に座ったまま、首を少しだけ傾げてから秋子の顔を見上げる。

     名雪の視線に気付いたのか、秋子はどう答えようか考えている様だが分からないと断言する。

     馬と話せれば分かるけどね、と秋子は言うが騎手だって馬と会話が出来ないのだから気持ちを察する方を覚えた方が早い。

     秋子だって馬の気持ちを理解しようとしているのだが、英語を覚える方が楽なのは確かだろう。

 

    「わたしがお母さんより早く分かるようになりたいな」

 

     2人はそんな事を話しながら、出走時間まで刻々と迫ってきた。

 

 

     ゲート枠は8枠13番――ピンク色のヘルメットを被ったジョッキーが、ゲート入りを拒むクイーンキラのシッポを掴む。

     この意味はゲート前でバックしてゲート入りを拒む事があり、トモを落とす事があるので行われる。

     1分後。

     発走委員の人物に競馬で使用する鞭とは違う物ので、叩かれてようやくゲートイン。

     これでゲート試験を再度受ける事は確定してしまった事を秋子は嘆く。

 

 

     出遅れて、後方のままゴールイン。

     無理に手綱を扱いて、馬群に突っ込ませたら嫌がる素振りを見せてやる気を無くしたと騎手は伝えている。

     ダート戦だったので砂を被った事が影響しているのかも、と付け加えたような説明も頂く。

     1頭も交わせないまま最下位でゴールインをしたのだが、これでクイーンキラの性格は分かるようになった。

     他馬を怖がる臆病な馬だと言う事が。

 

 

     戻る      

 

     この話で出た簡潔競馬用語

 

     特に無し。