ハラハラと茶色く染まった枯れ葉が散り積もった地面に舞い落ちる。
地面は赤と黄色、茶色が交じり合った色が季節感を醸し出しており、秋が既に到来しているのが分かる。
秋子は積もった枯れ葉を箒で掃くが、Kanonファームは規模こそは中小牧場だが土地面積は一般家庭より広大。
その為1日で掃ききれるのは不可能に近く、だからと言って枯れ葉を放置しておく訳にも行かない。
放牧地にいる0歳馬と1歳馬は天高く馬肥える秋と言われる様に少しずつだが、体重の増加と馬体の幅が変わってきている。
1番の変貌振りが分かるのが、ジェットボーイ。
4歳――旧年齢で言う5歳である今年の秋は馬がもっとも成長すると言われる時期。
馬体重も夏に比べると30kg近く増加しただけではなく、短距離馬に相応しい筋肉質になっている。
ただ、幾ら筋肉質になっても元々の素材が悪いと重賞は勝てる確率は低いとも言える。
夏の終わり頃にKanonファームに訪れた久瀬調教師は、1週間後に戻しても良いでしょうと告げて帰っていった。
そして、今日がその帰厩させる日である。
「まだ、送り出していないが取り敢えずお疲れ」
秋名は秋子を労うために、冷え切った缶コーヒーを秋子の背後から頬に押し付けてから手渡す。
秋子は小さく悲鳴を漏らしてから、ちょっとばかり眉を八の字にしてから缶コーヒーを受け取る。
プルタブを開けてから口に付けて、ある程度飲んだところで吐息を吐く。
安心した吐息か、不安の吐息かは秋子の本心からすると半々と言った所だろう。
安心の吐息はここまで無事に調教を行えた事、不安の吐息はキチンと競馬場で実力を発揮してくれるかの意味合いと思われる。
「ええ、本当に疲れましたよ」
軽く肩をまわして、秋子はちょっと語気を強めてぼやく。
秋名は乾いた笑いを漏らす事しか出来なかった。
秋子が毎日騎乗してジェットボーイを鍛えたのだが、秋子しか騎乗出来ないと言った方が正しい。
名雪と祐一はまだまだ全速力で走らすほどの技術は持っておらず、秋名も秋子に比べると著しくレベルが落ちる。
それなので、秋子が騎乗する以外の手段は無かったので、秋子に疲労が溜まるのはもっともだった。
コーヒーを飲み終わると、秋子は缶を近くに置いてあるゴミ箱に捨てて家に戻っていった。
秋名は放物線を書くように空き缶をほおり投げると、カコンと音を立て1発でゴール。
うしっ、と小さくガッツポーズをしてから秋名は秋子に続いて家に戻って行く。
秋子はリビングで競馬新聞を読んでおり、どうやら出走馬のチェックを行っているようだ。
とは言え、クイーンキラもサイクロンウェーヴも出走予定はまだ決まっていない。
理由は1つ。
売却した仔馬の出走動向が気になるのだ。
例え、売却した馬でも自分の牧場で産まれた仔馬なのだから、動向は気になって仕方が無いと言える。
他所の牧場でもこの事は当たり前であり、大手牧場でも売却した馬の動向を逐一入手するのは当たり前。
世話した子馬は自分の子供みたいなものなのだから。
馬名は何て付けられたかは不明だが、新聞にはキチンと何地区、生産牧場と書かれているので見忘れる事は無い。
「今週も無い……ですね」
ふぅ、と秋子は悩ましげに吐息を吐くと、競馬新聞をテーブルの上に置きソファーに深く腰掛ける。
馬名すら不明なので、動向はまったく分からない。
いつの間に競走馬登録抹消されているとかはザラにあるので、毎日チェックしなければならない。
デビュー日が決定したら出走するのは楽しみなのだが、キチンと走ってくれるかが心配なのである。
Kanonファームになってから初めての自家生産馬なのだから。
「どれだけ成長したのかしら?」
大手育成牧場に預けられたのは知っているのだが、その後の様子は風の便りでも来ないので気になっている。
秋か冬のデビューは確かだが、出来れば早く見たいのが秋子の本音だろう。
すると、タイミング良く軽快な受話音が鳴り響き秋子はパタパタとスリッパの音を立てて向かう。
「はい、Kanonファームですが……馬名が決まったんですか?」
声は嬉しさで上擦っているが極めて、冷静に秋子は馬名を聞く。
秋子は電話の横に置いてあるメモを取り出して、サラサラと書いていく。
そのトウショウボーイ産駒の馬名は“アストラル”と。
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この話で出た簡潔競馬用語
特に無し。