サイクロンウェーヴの敗戦から次の日。

　　　　　秋子は意気消沈と言える状態だったが一晩経ち、牧場作業を行う頃にはいつもの表情であった。

　　　　　名雪は少しだけ暗い表情だが、秋子と同じように牧場作業を行っているうちに別の事を考える様になったようだ。

　　　　　祐一だけはサイクロンウェーヴの敗戦にがっかりときたのか、昨日の夜までずっと溜息を吐きっぱなし。

　　　　　意気消沈したまま暗い顔をしていたので、馬の影響を考えると今は牧場作業をやらせる気は無い。

　　　　　祐一の現在の状況がリードを通して馬に伝わるのは一番避けなくてはならない事である。

 

　　　　「今日一日休んで復活するかな？」

 

　　　　　名雪は放牧地から明かりが付いていない祐一の部屋をジッと見上げ続けており、そのため手が止まってしまっている。

　　　　　遠くから秋子にその事を指摘されて、ようやく名雪は祐一の部屋を見上げていた視線を逸らす。

　　　　　秋名曰く、ほおっておけば良いらしいと言われたら名雪は納得するしか無く、秋名は祐一の母親だから息子の事が分かっているのだろう。

 

　　　　「終わったら祐一の元に行って見るかな」

 

　　　　　名雪はポツリと呟いてから集中して作業に専念する。

 

　　　　　

 

　　　　　名雪は朝の牧場作業が終わると真っ先に祐一の部屋に向かっていく。

　　　　　朝食を食べる前に祐一の自室――元々を空いていた部屋を少し改装しただけだが本人は気に入っている。

　　　　　コンコンと名雪は少しだけ、強く祐一が聞こえやすいようにノックをするが反応は無い。

　　　　　キィ、と蝶番が鈍い音を立ててドアが開く。

 

　　　　「ふぁ……おはよう、名雪」

 

　　　　　ボサボサになった髪、眠たそうな表情に止まない欠伸。

　　　　　つまり、祐一はただ寝ていただけと名雪は解釈する。

　　　　　名雪は呆れた表情になり、暫くするとこめかみに青筋が立ちそうなほど怒りがこみ上げてきたようだ。

　　　　　祐一はまだ気付いておらず、呑気に欠伸を洩らし続けている。

　　　　　ワナワナと肩を震わせて、名雪は思いっきり怒鳴った。

　　　　　祐一の馬鹿ー！！ と。

　　　　　階下に聞こえる程の怒鳴り声は秋名と秋子を笑わせるのに十分だった。

 

 

　　　　　祐一の右頬に赤い痕――小さい紅葉がくっきりと浮かび上がっていた。

　　　　　ブスっとむくれている祐一を見て、秋名は腹を抱えて大笑いをしているがこの行為が原因だと分かって笑っているようだ。

　　　　　秋子もクスッと笑ってから、秋名を宥めようとする。

　　　　　が、暫く秋名は笑いっぱなしであった事を記しておく。

　　　　　祐一の頬に残った赤い痕が少しずつ、薄くなってきた頃にようやく朝食が出てくる。

　　　　　ここでもまた祐一の朝食が出てくる筈の皿には、嫌がらせしかと思えない物が丸々１本だけ。

　　　　　名雪はしれっとした表情で自分の朝食――トーストを齧るが、祐一だけはポカンと名雪の顔を窺う。

 

　　　　「えっと……名雪、これは何だ？」
　　　　「ん？ ニンジンだけど文句はある？」

 

　　　　　祐一は何も言えずに視線を皿に乗っかっている赤いニンジンに移し、暫くしてから手を伸ばす。

　　　　　ポリポリ、と祐一がニンジンを齧っている情けない音だけがダイニングに響かせていた。

　　　

 

 

　　　　　この事は祐一が謝って事無きを得たが、既に祐一の地位――Kanonファーム内ではますます狭くなってしまった。

　　　　　秋子は昨日行われた新馬戦の結果を新聞通じて、もう一度コメントをチェックする。

　　　　　一面はサッカーボーイの能力を賞賛する見出しとなっており、クラシック候補と書かれている。

　　　　　しかも、新馬勝ちの馬としては珍しいカラーページである。

　　　　　そして、サイクロンウェーヴのコメント隅っこにポツンと書かれており勝者と敗者の差は激しい。

 

　　　　「やはり、あの馬は強いんですね」
　　　　「強すぎだと思うぞ」

 

　　　　　秋名は秋子が評価するより遥かに高評価を与えたようだが、そうなると祐一は黙っていない。

　　　　　サイクロンウェーヴだって勝てたとか言っているが、理想論を振りかざしているだけ。

　　　　　秋子は祐一を宥めるために、距離が伸びれば何とかなると思うよとあやす様に言うと祐一は納得したかは半々。

　　　　　ね？ と秋子が微笑みながらもう一度あやすと、祐一は深く頷いて納得したようだ。

 

 

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　　　　　この話で出た簡潔競馬用語

 

　　　　　特に無し。