ジェットボーイは秋に向けて、一番暑い日に調教を行う事になった。
調教と言っても、1週1000mの馬場で10週ほど緩急を付けて走らすだけ。
インターバルトレーニングと言われる方法であり、マラソン選手も行っており馬にも効果がある事は実証されている。
その馬の名はタニノムーティエ――第37回日本ダービー馬であり、当時のライバルにはアローエクスプレスがいた。
そう、秋子が所有しているノーザンテースト牝馬の母父アローエクスプレスの事。
ライバルとしての成績はスプリングS,皐月賞、日本ダービーを制したタニノムーティエが勝利している。
唯一、アローエクスプレスが勝ったのはNHK杯――後のNHKマイルカップのみだった。
ただ、タニノムーティエの調教法は厳しすぎたのか、3冠を目前した夏に喘鳴症を発症してしまう。
閑話休題。
この調教法は1回全速力で走り、数分間休んでからもう一度全速力で走る事を繰り返す方法。
体力を付けるのには向いているが、故障率も高いので注意が必要なのである。
「まずは、1週を1分で切るのが目標ですね」
秋子はラフな格好でヘルメットとゴーグルを装着してジェットボーイの背にまたがり、チラリとストップウォッチを持つ秋名を見る。
秋名はスッと左手を垂直に上げて、秋子の準備が整ったかを確認する。
勢い良く秋名が手を振り下ろした途端に、秋子はジェットボーイの腹を思いっきり踵で蹴ってスタートさせる。
ダートを強く蹴り上げ砂埃を撒き散らし、小回りのコースを1週走る。
1週目……1:00.32。
1分休憩。
2週目……1:00.30。
1分休憩。
この繰り返しで10週目が走り終わった時に、秋子は膝に疲れが溜まった様だが何事も無かったようにジェットボーイの背から降りる。
「合計何分ですか?」
秋名はジッと見ていたストップウォッチから目を放して、秋子が取りやすい様に軽く投げる。
ストップウォッチには11:25.36と刻まれていた。
明日からは、少しずつタイムを減らしていくのが目的であり、最終的には10分前後辺りが望ましい。
「明日から、タイム何処まで縮められるかが課題ですね」
「そうだな……11分くらいのタイムにしないとな」
秋子はジェットボーイの額から鼻すじにかけてゆっくりと撫でて、労わる。
秋名からリードを渡されて、頭絡に着けて放牧地に連れて行く。
鞍を外すと背中から白い物体――汗が噴出しており、放牧地に連れて行く前に洗い場で綺麗にする必要があった。
ホースから流れる水はキラキラと光を反射しながら、ジェットボーイの馬体を濡らしていく。
そして、ブラシで馬体を擦っていく。
放牧地で寝転がるのは目に見えているのだが、発汗をキチンと洗い流さないと風邪を引くことがある。
「はい、おしまい」
ブラッシングと濡れた馬体の水滴を取って、秋子は放牧地に連れて行く。
そして、放牧地に入った途端に駆け巡り砂地に向かっていき、ゴロンと言う擬音が聞こえそうな程の勢いで寝転がる。
泥でなく乾いた砂なので、そんなに酷く汚れる事は無いのでマシである。
馬は砂遊び――寝転がる事が好きなので、東西トレーニングセンターにもあり、ストレス解消のために2、3日に1回使用している。
閑話休題。
トタトタ、と走っていると言うより歩いている方が正しい速度で、祐一と名雪が秋子の元に近づいてくる。
ジッと秋子の顔を見上げて、えへへと笑いながら祐一が開口して言葉を発する。
「馬名が決まったよっ」
「わたしも決めたよ」
スッ、と秋子は微笑みながら祐一と名雪の頭に手を乗せてゆっくりと撫でており、祐一だけはなすがまま。
「どういう馬名にしたの?」
「んと、サイクロンウェーヴ」
「わたしの方はクイーンキラだよっ」
何かに登場するアニメの技かしら、と秋こは呟くが、名雪は首を傾げて駄目なの、と言いたげ。
秋子がお礼を言うと、祐一と名雪は喜色満面な表情で家に向かって駆けて行った。
これで現2歳馬の馬名は決まり、秋子はホッとした表情で久瀬調教師に電話をするので、報告する必要が出たので家に向かう。
こうして、この2頭――サイクロンウェーヴ、クイーンキラのデビューは秋頃という事に決まった。
どちらも調教は黙々とこなしており、秋子にとって楽しみなデビュー戦が近づいてきた。
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この話で出た簡潔競馬用語
特になし。