そろそろ、真夏が近づいてきた。

     本州に比べるとまだ、そこまで暑くならないので快適な気温の中で牧場作業を行える。

     放牧地には1歳馬と0歳馬、それに繁殖牝馬が2頭ずつそれぞれ自由に草を食んでいる。

     そして、広い放牧地を独占している1頭の牡馬――ジェットボーイは緩急を付けて駆け巡っていた。

     Kanonファームはジェットボーイにとっては故郷ではないが、それでもゆっくりと休暇出来る場所と言う事は分かっているようだ。

 

    「前走は6着ですから、それなりには走ってくれましたね」

 

     さすがOPクラス――テレビ愛知オープンの壁は厳しく、勝ったセントシーザーから6馬身近く離されてゴールイン。

     いつものように逃げていたのだが、直線前にあっという間に後続馬に並ばれてしまい逃げ切れなかった。

     ペースは速いわけでもなく平均ペースだったが、するすると先頭を奪取されるのは逃げ馬にとっては悔しいもの。

     秋子は労いの為にジェットボーイを呼ぶが、こちらを見向きもせずに走り回っている。

     愛想が良い馬だったら、呼んだら来る事が多いがジェットボーイは無関心の様で呼ばれているに無視をしているのかもしれない。

     ふぅ、と秋子はその様子を困った顔をしてから、厩舎作業を行うために移動し始める。

 

 

     厩舎には既に名雪と祐一が作業を行っており、ある程度は終了しているようだ。

     2人は草競馬で負けた事がよっぽど悔しかったのか、まずは体力を付ける事 からを始める。

     が、基本的な厩舎作業をしていれば体力が付く事を秋子は教えており、その分秋子と秋名の仕事が減ったと言える。

     2人は楽になったとは言えるが、全部の仕事をやらす訳ではないので分担する事が多くなった。

     名雪と祐一の本人達のやる気があるので、秋子は止めようとする気は無い。

     勿論、秋名もその事は同意している。

 

    「負けて良かったかもな」
    「ええ、そうですね」

 

     秋子は頷いてから、乾燥させていた寝藁をひっくり返してもう一度同じ事を繰り返す。

     秋名はデッキブラシで床を擦っており、蹄鉄の後がくっきり残っているので少しずつ消していく。

     声が聞こえたのか、名雪と祐一は反論している。

 

    「負けて良い訳ないじゃん」

 

     うんうん、と名雪は祐一の言葉に頷いて同意しており、その様子を見て秋子と秋名は苦笑いを洩らす。

     笑われた事を理解していない2人は、お互いにタイミング良く首を小さく傾げつつ、厩舎掃除を再開する。

 

 

     厩舎掃除が終わると、4人は会話をしつつ家に戻る。

     リビングに移動をして、秋子は子供達のために氷を複数入れたブルーのコップに麦茶を注ぐ。

     自分と秋名の飲み物はアイスコーヒーなので氷を少なめにして、ガムシロップを1つだけ持っていく。

     コップの縁を掴んで、秋子は4つをいっぺんにカチャカチャと音を立てながら運ぶ。

     はい、と3人の前にそれぞれの飲み物を出すと、煽るように一気に飲みだしており、その様子を見て秋子は微笑む。

 

    「ごちそうさま」

 

     名雪は一気に飲み終わったのでコップの中には氷だけが残っており、勿体無いと感じたのか氷をかじる。

     祐一も少し遅れて飲み終わると、名雪と同じようにゴリゴリと氷をかじりだす。

     それがかじり終わると、2人は放牧地に向かって行った。

 

    「そういえば、ある牧場が厳しい状態と言う噂があるな」
    「そうなんですか?」

 

     何処の牧場かは知らないが、と秋名は話を濁しつつアイスコーヒーを口に付ける。

     牧場を運営する経費は上手く利用しないと借金が雪だるま式に膨れ上がり、新たな事を試してもすぐに成果が出るわけではない。

     大体10年近く経って成果を実感出来る様になり、それまで持ちこたえられるだけの体力が必要である。

     種まき期間から芽を出すまでに失敗したら赤字になるし、必ず花が咲くわけでも無い。

 

    「うちも注意しませんと……だから人手増やすとか簡単に言わないでくださいね?」

 

     秋子は笑顔だが眼は笑っていない状態で先に釘をキッチリと刺しておく。

     コクコク、と秋名は上下に首を振るだけしか出来なかった。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     特になし。