ジェットボーイの9戦目が行われるのだが、その日は種付けをする為に繁殖牝馬を牧場に連れて行かなくてはならない。

     去年は秋名が連れて行ったので、今年は順番からだと秋子の番なのだが珍しく駄々を捏ねている。

     自分の所有馬が出走する日なので、そういう意見は秋名にも分かるのだが断固として拒否をしている。

 

    「去年は私が行ったのだから、秋子が行って来い」

 

     秋子の肩を掴んで、その場でクルリと1回転させて馬運車の助手席に無理矢理乗せる。

     ジャリジャリと、砂砂利を巻き上げながら馬運車は走り出してしまい、秋名は録画はしておくぞ、と言っておく。

     ただ、聞こえていたとは限らないが一応伝えておく事を忘れない。

     秋名の隣にいた名雪と祐一はお互いに顔を見合わせてから、口を開こうとしたがジッと睨まれてしまう。

 

    「さて、レース前までに厩舎掃除終わらすぞ」

 

     ポンと、名雪と祐一の頭に手を乗せてからクシャと軽く頭を撫でる。

     軽く腕を回してから、秋名はジーンズのポケットに指を突っ込んでスタスタと早歩きで厩舎に向かっていった。

     名雪と祐一は秋名を手伝うために走りながら、慌ててついて行った。

     勿論、名雪と祐一だってジェットボーイのレースが見たいのだから早く掃除を終わらせてのんびりと見たい算段がある。

     だからと言って、手抜きをする訳にもいかないのでキチンと3人は掃除を行う。

 

 

     レース開始10分前。

     ギリギリまで時間が掛かり、ここまで長引くとは秋名は思っていなかったらしく、慌てて道具を片付ける。

     取り合えず、邪魔にならないように片付けていくが、その間にドンドンと時間が近づいてくる。

 

    「あー、もう後回しだ」

 

     積んだ桶が崩れて音を立てないように、そっと横に退けて家に向かって行った。

     相沢 秋名――基本的に掃除は秋子がいないと不得意な女性であった。

     今まで秋子がいない時には名雪の手伝いがもっとも役に立っていた事を記しておく。

     そして、家に戻りTVを付けると丁度レース前になっていたので、秋名はドカッとソファーに座り込む。

 

    「丁度良いタイミングだな」

 

     名雪と祐一は先に戻っていたので、パドックなどで人気を見てもらっていた。

     どうだった、と秋名は尋ねると14頭中4番人気だったと名雪が秋名の質問を答える。

     それなりの人気なので秋名は満足そうに頷いて、レースを見守る。

     ジェットボーイの枠は4枠6番となっており、真ん中に近いので問題はなかった。

     馬場の状態は良なので、これも問題にならない事であり、逃げ馬もジェットボーイのみ。

     このレースの方が前走の橿原Sよりは勝算は遥かに高いと思っているが、せいぜい7割くらいだと秋名は思っている。

     100%勝てるとは思っていないほうが、負けた時のダメージは少なくて済むのだから。

     そうしている内にスタートはガシャンと音を立てて切られる。

     スッと綺麗な形で先頭に立ったジェットボーイは2馬身程度の差を付けて軽快に逃げている。

     2番手以降は数頭が固まって走っており、最後方にいる追い込み馬だけがジェットボーイから9馬身は離れている。

     縦長の展開だがハイペースでも無く、普通のペースより僅かに早い平均的タイムを刻んでいる。

     ただ、ジェットボーイにとっては久しぶりの1400mがどう響くかが問題。

     何事も無ければそれで良いのだが、距離の限界は簡単に破れる物ではない事を秋名は分かっている。

     何万頭近くの様々な馬が距離延長で破れてきたのだから。

     そして先頭の馬――ジェットボーイが直線に入る。

     ジェットボーイを追いかけるように他馬のジョッキーが手綱を扱いて、鞭を入れる。

     2馬身のリードは徐々に縮まってくるが、ジェットボーイの騎手はまだ手綱を扱いていない。

     残り200m。

     待ち構えていたように手綱を扱きつつ、鞭を入れるジェットボーイの騎手。

     最後方に居た追い込み馬の脚色は一瞬で他馬を斬り捨てそうな勢いがあるがまだまだジェットボーイとの差はある。

     ゴール前。

     追い込み馬は脚色が鈍り、すでに斬れる脚は失って3番手辺りから伸びなくなっている。

     その間にジェットボーイは逃げ切りを納めてしまった。

 

    「……うし、勝った勝った……あれ、何か忘れたような?」

 

     数秒後に秋名は忘れていた事――レースの録画を思い出し、今から慌てて録画をするが意味は無い。

     ゴールした後の余韻しか取れていないのだから。

     秋名はどうしようと言いたそうに冷や汗を流しながら、情けない表情で名雪と祐一を見るが2人は知らん顔。

     この後、秋名は思いっきり秋子に怒られてしまった事を記しておく。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     特に無し。