今年生まれた2頭の仔馬はそれぞれ牡馬、牝馬だった。
去年に続いて、牡馬と牝馬が生まれたのでバランス良く産んでくれる繁殖牝馬達には感謝しきれない。
牡馬はメンデス産駒。
牝馬はハギノカムイオー産駒。
芦毛の牡馬と鹿毛の牝馬が生まれたのだが、秋名は芦毛を見て溜息を吐いてる。
メンデスの種付けを見に行った時は溜息を吐いていないのだが、実際に仔馬が芦毛だったので秋名はガッカリする。
鹿毛の牝馬は祖父ノーザンテーストに似たのか、白いペンキを太い刷毛で書いた大作と呼ばれ流星が特徴であった。
「牝馬にこの顔は酷いなー」
名雪はジッと真正面から流星を見ているが、笑いを堪えるために肩が小刻みに震えていた。
仔馬は何を言われたのかが分からない筈だが、チョコンと首を傾げてから名雪の前髪を軽くかじる。
軽くかじられただけだが、涎でベトベトになってしまい、名雪は恨めしそうに仔馬を睨んだ。
「笑う名雪が悪いわね」
秋子はポンと名雪の肩を叩いて、クスッと小さな声で笑う。
ううー、と名雪は唸ってから髪を洗うために一度、家に戻って行った。
芦毛の仔馬はあまり母馬から離れず、ぴったりくっ付いているとも言える位一緒にいる。
鹿毛の牝馬の方が好奇心旺盛なのか、ちょろちょろと放牧地を歩き回っている。
「対極的な性格だけど、大丈夫か?」
「まぁ、何とかなるでしょう」
まだ生まれたばかりですから変わる事もあるでしょ、と秋子は言葉を付け足しておく。
現1歳馬は、それほど生まれた時から性格は変わっていないので秋名にはその説明ではいまいち信用しきれないのか首を傾げる。
「2歳馬の名前は決まったのか?」
唐突に秋名はこの事を思い出したのか、0歳馬を眺めながら呟いたので、秋名の隣に居た祐一は見上げて首を左右に振る。
簡単に決まらない、と祐一は柵に寄り掛かってぼやくように声を絞り出す。
「カッコいい名前ばかり考えてないか?」
秋名はニヤリと口端を釣り上げつつ、祐一の頭をクシャと撫でる。
うっ、と祐一は自分の考えが読まれているのが分かったので、顔を逸らして放牧地と関係ない方を見る。
やれやれ、と秋名はオーバーリアクションで肩を竦めてから、放牧地に視線を戻す。
ジェットボーイの8戦目から3ヶ月経ったが次走はまだ決まっていない。
ダート戦で3着に食い込んだ事によってローテーションの幅が広まったのだがそれが逆に問題となってしまった。
ハンデ戦に出走する事になったとすると、56kgぐらいになってしまうのが問題。
別定戦なら本賞金と年齢に応じて斤量が決まるのだが、この時期には短距離でのレースは少ない。
中距離戦での別定戦は多数あるのだが、逆に短距離はハンデ戦が多いのでジェットボーイの出走はこの時期までずれ込んだ。
「洛陽ステークスですね? ジェットボーイの次走は」
秋子は受話器を持ちながら、メモ帳に出走レースと日にちを書き込んでいく。
さらさら、と書かれたメモには4/29洛陽S、ジェットボーイ出走と。
育成牧場から久瀬調教師に預けた2頭の2歳馬を尋ねると、それなりに走りそうですよ、と言われる。
2勝か3勝すれば十分と言う事だが、未勝利クラスで終わるよりは遥かにマシなのである。
「では、洛陽ステークス期待をしています」
秋子はそう言うと、受話器を戻してから距離と開催場所を調べる。
京都芝1400mなので、久しぶりの距離でもあった。
未勝利戦以来なので7戦振りの距離となるなのだが、最近のレース振りを振り返ってみると距離が長く感じる。
もしかしたら、1400mはギリギリの距離かもしれないという杞憂が秋子にはあった。
相手が強化されているから逃げ切りが厳しいのか、距離が長いのが原因かはこの洛陽ステークスで分かる。
「まぁ、走ってみないと分かりませんか」
秋子は1人ごちてから小さく息を吐いて、名雪の様子を見に行った。
名雪は既に頭にタオルを乗せて髪を乾かしているが、かじられた事の影響は無さそうだ。
むしろ、かじられた事を嬉しそうに何かの歌を鼻歌で歌っていた。
「お母さんもかじられた事あるの?」
秋子はフッと遠くを見るような目付きをしているので、名雪は言われなくても分かったようだ。
暫く、2人は一緒に笑ってその声を家の中で響かせた。
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この話で出た簡潔競馬用語
特に無し。