秋名は何本目か分からない煙草を灰皿に押し付けて、火を揉み消してから新たな煙草に火を付ける。

     ぼんやりとまどろんだ表情をしながらなので、秋子は止めようとするが構わずに吸いだす。

 

    「早く、何を付けるか決めるぞ」

 

     秋名は身を乗り出して、テーブルに置かれている5cmほどある分厚い雑誌――血統本を開く。

     秋子は仕方なさそうに候補として折ってあるページを開くが、秋名は奪う様に本を取り煙草を咥えたままページを開く。

 

    「海外輸入種牡馬はノーザンダンサー系とリボー系が多いな」

 

     ペラペラとページを捲って思った事を口にする秋名の言葉は、秋子も同意しているのか小さく頷いていた。

     Kanonファームの繁殖牝馬血統はノーザンダンサー系×グレイソブリン系とハイペリオン系×ボワルセル系。

     ノーザンダンサー系を父に持つ牝馬はともかく、ハイペリオン系の牝馬は少しばかりブームは去っている。

 

    「リボー系は気性が悪い産駒が多いが、爆発力はあるんだよな?」
    「……え? 聞いた事ないです」

 

     秋子は曖昧そうに首を傾げており確証を得られた訳では無いが、数年前の競馬を見てもリボー系の馬がG�気肋,辰討い覆ぁ�

     むしろ日本では、ノーザンダンサー系が徐々に勢力を伸ばしており、数年後には一大勢力を築くとかの噂もある。

 

    「牝馬の入れ替えはそろそろするのか?」

 

     秋子はスッと顎に手を添えて俯き加減で考えており、その間に秋名は煙草の代わりにコーヒーを口に付ける。

 

    「とは言え、ノーザンダンサー系が2頭だと配合が厳しくなりますね」

 

     同系が多数いると配合の幅が狭くなり、後継牝馬を作りにくくなるのが問題である。

     これから流行しそうな血統を探すのが一番大変であるが、自分の読みが当った時には嬉しいのは確か。

 

    「確か、欧米はミルリーフとミスタープロスペクターが流行だったな」

 

     秋名はそう言って、自分が愛読している競馬雑誌を自分の部屋まで取りに行き、数分後に戻ってくる。

     確かに白黒ページの部分には去年の新種牡馬リストがあり、そこには英語でミスタープロスペクターを父に持つのが多数居た。

 

    「ダート短距離馬が多いですね」

 

     ミスタープロスペクター自身は重賞勝ちこそは無いが、ダート1200mのレコードを2つ樹立しているのだから。

     だからなのかは不明だが、産駒は短距離での活躍馬が多い。

 

    「そういえば、ちょっと前に日高軽種牡馬協会がミスタープロスペクターの購入話があったそうです」

 

     結局、購入を見送ったので日本に輸入されなかったのだが、当時は長距離レースが華だったので活躍出来るかは分からない。

     もしかしたら、良い成績を残せないまま埋もれていく事も有り得るのだから。

 

    「ふーん、購入しなくて良かったんだろうな」

 

     秋子も同意しており、失敗する可能性が高いと思ったようだ。

 

 

     話は種付けの事に戻って、何を付けるかを話し合う。

     海外輸入種牡馬と国産種牡馬をそれぞれ1頭ずつ付けるのは決めるのは確定している。

     内国産馬を付ける理由は、マル父出走手当でチマチマと賞金を稼ぐためである。

     父馬が国内で生産されて、その仔がレースに出た時に貰える奨励金は5着までで2歳と3歳だけで500万下までしか貰えない。

     小額だが、中小牧場にはありがたい制度なのは確か。

 

    「さて、内国産馬はどうする?」

 

     去年は1頭も付けていないので、今年は内国産馬を使うのは確定しているのだが、候補が難しいのだ。

 

    「ビゼンニシキはどうでしょう?」

 

     皐月賞でシンボリルドルフの2着になったのは評価出来るし、早熟の馬が生まれる可能性もある。

     それに種付け料は安く、フリーリターン制度なのでKanonファームの経済面にとっては助かっている。

 

    「うん、それで良いな」
    「海外馬はムクターを付けるので、これで決定ですかね」

 

     秋名は少しだけ顔を翳らせて、芦毛馬と秋子に聞こえるように呟いた。

     芦毛馬はあまり良い印象を残している馬ではなく、体調が弱いタイプなどを言われており敬遠されている。

     神馬とか言われて、勝てなくても厩舎に置かれていたりするので神秘性はあるのは確か。

 

    「あまり、私としては付けて欲しくないんだがな」
    「1回くらい試してみませんと、ね?」

 

     秋名はふぅ、と溜息を吐いてから煙草の箱に手を伸ばすが、中身は空っぽだったのでクシャリと握りつぶす。

 

    「まぁ……秋子が決めたならそれで良いぞ」

 

     ポンポン、と秋子を子ども扱いするように頭を叩いてから、秋名は放牧地に向かっていった。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     注1:ノーザンダンサー系……世界で繁栄している血統であり、今でも産駒は〜系と独自に伸ばしている。
     注2:グレイソブリン系……瞬発力に優れた産駒を多く出すのが特徴。
     注3:ハイペリオン系……現在は勢力は衰退しているが、昔はかなりの勢力を広げていた。
     注4:ボワルセル系……セントサイモン系から発展したが、近年の競馬には向かないスタミナタイプの血統。
     注5:リボー系……大レースに強いので、リボー系の一発などの言われるが気性の激しさが凄い。
     注6:ミルリーフ……ブリガディアジュラートのライバルだが、種牡馬成績は完璧に勝っている。
     注7:ミスタープロスペクター……母が金鉱採掘者の意味を持つので、探鉱者の意味を持つ。
     注8:ムクター……芦毛の仏ダービー馬。