ジェットボーイの7戦目は1月23日に決まった。
そのレースはサンライズS――中山芝1200mといつものように得意の距離に出走。
距離は得意だが、中山競馬場の成績面が悪いのがデメリットである。
1戦しか走っていないで6着なので、ちょっとばかりまだ得意かは分からない。
そして、外枠の不利もあったので、このレースの時は度外視している方が良いと秋子は思っている。
ここを勝てばOPクラスになれるので、陣営は力を入れているのだが唯一の不安点が休み明けである事。
前走が7月だったので約6ヶ月の休養になってしまっているので、調教量を増やす以外の手段は無い。
調教量が増えれば勝てると言う訳でもないが、今後に向けてのステップにはなる。
「1月23日ですか」
秋子は受話器を持ちながら、ジェットボーイの出走日をメモ帳に記していく。
久瀬調教師からの電話は年始の挨拶と、出走日が決まった事の知らせだった。
秋子は休み明けの事を聞くと、ちょっぴりだけ歯切れの悪い答えが返ってきた。
「仕方ないですね……ここで良い成績を残して次走に繋げたいですね」
久瀬調教師も同じ考えなのか、このレースでは良い走りを期待する方を選んだようだ。
大抵の馬が長期休養の初戦から勝ち上がることは少ないのは実証されている。
調教施設や調教方法が今より日本競馬で熟練したら、休み明けでも勝てる様になるとか噂がある。
今は噂でしかないので、そんな不確定な物に頼る気は秋子と久瀬調教師には
無かった。
「では、23日は楽しみしています」
そう言ってから秋子は電話を切って、メモに記入した事を卓上カレンダーに写すために23日の部分を丸で囲む。
久しぶりのジェットボーイのレースなので、秋子は楽しみですね、と呟いてから放牧地に向かっていく。
現在は1歳に鞍乗せを教えている所。
頭絡は既に慣れており、後は鞍乗せと人を乗せること、手綱に合わせて動く事の3つの課題がある。
最後の手綱に合わせて動く事は育成牧場で覚えさせる事なので、今は関係無い。
祐一と名雪の2人は慣れており、鞍乗せを教え込むのを楽しんでやっているようである。
秋子は放牧地の外からその様子を眺めており、ちょっとだけ羨ましそうに2人を見続けた。
「ふぅ……子供は気楽で良いですね」
名雪と祐一の笑い声はここまで届いており、何を喋っているかは分からないがそれでも楽しそうに鞍乗せを行っているのは伺える。
秋子だって、そんなに強くないので愚痴を洩らしたくなるが、簡単に言える訳では無い。
Kanonファームの経営者であり、馬主として養う人物がいるのだから。
だが、ここで秋子は挫けるほど弱い心を持っていない。
まだ3年しか経っていない事もあり、ダービーに出走馬を出していないまま逃げるのは亡き夫との約束は果たせない。
「頑張らないといけませんね……子供の笑顔を守るために」
秋子はそっと決意を呟いてから、ゆったりとした足取りで厩舎に向かって行った。
厩舎掃除を行っているとやる事は多いのだが、慣れると問題が見えてくる。
馬房に転がっている馬糞で馬の体調が分かるようにならないといけないし、簡単に分かる訳ではない。
大手の牧場だと毎日、新しい寝藁と交換しているなど常に進歩しているが、中小牧場には厳しい。
「まずは牧場改革かしら?」
「いつかはしないとな……んでどれくらいで結果が?」
秋名は秋子の囁きが聞こえたのか、厩舎掃除中だった手を止めて秋子に近づく。
そうですね、と秋子は顎に手を添えつつジッと目を瞑りながら、頭の中で計算をしているようだ。
およそですが、と言いつつ両手を広げて秋名の前に突き出す。
「10年もか」
「早い内にした方が良いんですけどね」
何処から手を付けた方が良いかが、秋子にはまったく見当が付かないのであった。
「まぁ、取り合えず何処が改革出来るか考えましょう」
焦りすぎても良くないですし、と秋子はゆるやかな語句で言い厩舎掃除を再開する。
まずは安定した勝ちを求める方が良いのだから。
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この話で出た簡潔競馬用語
特に無し。