新しい年になっても競馬関係者には休みは無い。

     まだ競馬関係者にとっては一年が終わったのではなく、まだ4ヶ月もあるのである。

     競馬関係者の一年が終わるのは東京優駿――すなわち日本ダービーの後。

     ダービーが終わってからは来年のダービーを目指すために2歳馬が日々レースを走り、これが何年も繰り返されてきた。

     Kanonファームは現時点ではダービーを目指すような手駒は揃っていないので、普通に一年が経った事にしている。

     そうでないと、少しばかり虚しく感じるので無理矢理に秋子が決めていた。

 


    「本当の新年を迎えられるのはいつかなー」

 

     名雪はポツリと秋子の心を抉る様な事をささやいてから、おせちに手を伸ばす。

     名雪はささやいた事を忘れたように、おいしいよー、と幸福そうに頬を緩ませていた。

     祐一も名雪と同じように食べているが、何も言わずに食べており、秋名は酒をゆっくりと飲んでいた。

     秋子は名雪に指摘された事でガックリと肩を落としたが直ぐに立ち直り、自ら作り上げたおせちに手を伸ばす。

     秋子も努力はしているのだが、簡単に結果は結びつかないのは名雪も分かっているのだが、言いたくはなるのだろう。

     結局、秋子は何も言い返せずに名雪の言い分を黙って受け入れるしかなかった。

 

 

     秋子は暫くすると、お世話になった人物に電話を掛けていく。

     年賀状は勿論出したのだが、こういう事はキチンとしておかないと評判が落ちて生きていけない世界なのだから。

     久瀬調教師に電話を掛けてみるが、他の馬主と話しているのか繋がらないので伝言だけを残す。

 

    「さて、今年最初の厩舎掃除をしますか」
    「えー」

 

     秋子が口を開いた途端に露骨に嫌そうな表情をした秋名と祐一の2人が居た。

     母子らしくタイミングがまったく一緒になっており、そういう所は似ている事が分かる。

 

    「えー、じゃありませんよ」
    「そうだよ」

 

     名雪は秋子に同意しつつ、おせちに手を伸ばすのは忘れていない。

     秋名は既にほんのりと頬を赤くしているので、既にアルコールが身体中を回っているのが分かる。

     秋子はそんな姉を見てから、気づかれないように心の中で溜息を吐いていた。

     仕方ないので祐一だけは手伝ってもらう事にしたが、意外な事にあっさりと首を縦に振っている。

     お年玉かしら? と秋子は何となく祐一が頷いた理由も考えてから名雪と祐一の手を取って厩舎に向かう。

 

 

     放牧地は既にうっすらとだが雪が積もっていたが、馬が走っても問題ない量だった。

     今は雪が降っているわけではなく、少しばかり日差しが出ているので馬場が凍る可能性は低い。

 

    「じゃあ、名雪と祐一君は放牧を先にしておいて」
    「うん」

 

     名雪は元気良く返事をしてから、祐一の手を引っ張って厩舎に向かって行った。

     途中で雪に足を取られたのか、二人は途中で転んだので秋子はクスッと笑ってから念の為に除雪を行う。

     家に一度戻って、シャベルを取り出して放牧地の前に戻ると既に今日から2歳馬になった2頭が放牧地を駆けている。

     次に牡馬の1歳馬が放牧されて、最後に繁殖牝馬が放牧される。

     だが、いつまで経っても残りの1歳馬が牝馬が放牧されないので秋子は不審そうに首を傾げる。

     1歳馬になった黒鹿毛の牝馬は少しばかり、様子がおかしいと秋子に伝えるとシャベルを地面に置いて厩舎に向かう。

 

    「少し、脚に熱を持っているみたい」

 

     秋子は湾曲している後左脚を触りながら、熱をこもっている事を実感する。

     ただ、馬の黒く細くてガラス細工の脚はまったく腫れていないので秋子はホッとする。

     名雪に良く見つけたわね、と頭を少しだけ優しく撫でてから秋子は立ち上がって2人に指示を出す。

 

    「バケツに氷とビニール袋を入れて持ってきて」

 

     2人は頷くと、急いで家に向かって行った。

     下手すると重大な事になる可能性も高いのだから。

     秋子は馬の鼻筋をゆっくりと優しく、撫でて馬を落ち着かせようとするが、ちょっとばかり機嫌が悪いのか鼻息が荒い。

 

    「持ってきたよ。秋子さん」

 

     ガシャガシャ、と多数詰め込んだと思われる氷がバケツの振動に合わせて音を立てていた。

     祐一は秋子の元まで持っていくと、ジッと秋子がやる事を眺めるためにしゃがんで近づく。

     秋子は氷を小さくしてからビニール袋に詰めて、馬の患部に当てる。

     熱が収まるまで、こうしている事を祐一にキチンと教える秋子。

 

    「氷が解けたら換えないと駄目なのよ」
    「大変だね」

 

     やってみる? と秋子は氷袋を渡して、祐一の背中に抱きつくように後ろから祐一の手を持って患部に当てた。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     特に無し。