ジェットボーイの飛節炎症は完治したが、直ぐに調教が始められる訳では無い。
まずは曳き運動でしっかりと落ちた筋肉を戻す必要があるからだ。
馬は1日休むと3日分の調教が必要と言われているので、ジェットボーイも例外ではない。
約1ヶ月休んでいたのだから、2ヶ月は調教してから元の馬体に戻ると言える。
それから、調子を整えてレースに出られるようになるので、馬の故障などは立て直しが大変。
もっとも、ジェットボーイの故障は軽いものなので、この程度で済んだのが良かった。
屈腱が炎症――屈腱炎になって、治療を施しても再発する恐れがある不治の病になるよりはマシなのだから。
「来月には入厩出来そうですか」
秋子はジェットボーイの状況を聞くために育成牧場に電話を掛けたのだが、ちょっとだけ朗報を聞けてホッとしている。
秋子の計算だともう少し長引くと思っていたので、嬉しい誤算であった。
「1歳馬の方はどうですか?」
先月に預けた2頭の1歳馬の様子を尋ねると、ちょっと馬体が他の馬より小さいと伝わる。
育成牧場に預けたのが遅かったのもあるが、秋子も購入した時にちょっとばかり馬体が小さいと思った事がある。
もしかしたら晩成と言う事もありえるので、急激に成長をする事が有り得るので、今は気にしていない。
2頭とも血統面から見ると成長面は早く感じ、距離も中距離辺りが良いと思われるがそれは人が思っただけ。
「はい、そうですか……ありがとうございます」
秋子は所有馬の状態を伝えてくれた牧場主任にお礼をキチンと言ってから、受話器を戻す。
ふぅ、と吐息を吐いてから秋子は椅子に掛けてあるジャンパーを羽織ってから、外に向かっていった。
牧場の風景は少しばかり、変わっていた。
繁殖牝馬の傍に居た2頭の仔馬がおらず、別の放牧地に移されていた。
そう、子別れの時期が到来したので繁殖牝馬の元から離したのだ。
今回は牡馬と牝馬なので、バラバラに放牧しなくてはならないのが大きなネック。
隣り合った放牧地ではないので、お互いに遊び相手が居ないと言う事になってしまった。
その所為でお互いが視認出来る範囲にいないから、いななく時間が前回より大幅に増えてしまっている。
牡馬と牝馬はけして同じ放牧地に入れてはならないので、この事はどうしようもなかった。
暫くしたらこの広い放牧地を駆け回るのは確かなので、秋子と秋名の出した結論は放置する事だった。
「馬の数が少ないと、楽だが弊害も出てくるなぁ」
「今は少ない方がメリットは多いですよ?」
現在は人員、所有馬の頭数、資金の量はどれも底辺付近である。
資金の増加以外は一気にバランスが崩れて、簡単に立て直せなくなるので、秋子は博打をしない。
博打を打って成功すれば良いのだが、失敗すると一気にツケを払う目に遭ってしまう。
簡単に言えば、秋子は手札が揃うまで勝負に出る気が無い保守派とも採れる。
「コツコツとしか、増えないのが気に入らないのだがな」
秋名はサラリと言うが、秋子はそんな姉を見てクスッと笑うだけだった。
ずっと、コツコツとしていく訳ではない事を秋子は説明すると、秋名は納得したように頷く。
まずは資金が溜まらないと、どうにもならないので秋子が言う事は正しいのだが、秋名の言い分も正しい。
どちらも一長一短なので、こちらが正しいとは言い切れないのであった。
「まぁ、その辺は任す」
秋名は0歳馬を眺めつつ、言うので秋子は苦笑いを洩らす。
こういう事は秋子が決めるのであって、秋名は補佐をするだけなので決定権は無いのだから。
秋名は仔馬を眺めていて、何かを思い出したのか秋子にある事を訊ねる。
トウショウボーイ産駒はどこの育成牧場に預けられたのかが、気になった様で訊ねた理由も分かる。
「うちの生産馬だが、競馬場ではライバルだからな」
「確か、千歳の方だったと思いますが……厄介な馬になりそうです」
千歳方面に預けたのは空港牧場があるので輸送面は楽であり、調教施設も充実しているからだと推測出来る。
逆に、秋子が所有している2頭の1歳馬は日高にある中規模の育成牧場に預けている。
どちらの育成牧場にも坂路、ウッドのコースはあるが坂路の距離が違ったり微妙な違いがある。
「ちゃんと、成長してくれると良いですね」
秋子は切実な思いをポツリと呟いた。
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この話で出た簡潔競馬用語
特に無し。