ジェットボーイが特別レースを勝ち、2連勝によって競馬週刊誌にはカラーでコメント付で掲載された。

     ゴール前できっちりと首差を凌ぎきった迫力のある写真が。

     ――ジェットボーイが逃げ切り2連勝。

     前走500万下を勝った時と違い、今回は先頭の馬に密着して2番手からのレース。

     短距離界に楽しみな存在が現れたと言えるだろう。

     これで函館芝1200mは2戦2勝と巧者振りを見せ付ける。

     この勝利で1600万下クラスになったのだが、久瀬調教師によると次走は未定だと事。

     と記された写真とコメント部分を秋子は何度も見返しその度に、にやにやと笑っていた。

 

    「だらしない顔だぞ」

 

     ぺチン、と秋子の頭を叩く秋名だが、秋子の様子がまったく変わらない事が分かると、あきれ返る。

     やれやれ、と言いながら秋名は秋子の対面に座り、秋子の表情の移り変わりを眺める。

     暫くすると秋子はサイドボードから鋏、糊にスクラップノートを取り出して競馬週刊誌の一部分を切り刻む。

 

    「溜まってきたか?」
    「そう……ですね」

 

     1ページずつ捲っていくが、4ページ目になった所で真っ白のページが出てくる。

     そして、そのページに切り取った部分を貼り付けて完成。

     今までは白黒ページだったので、カラー写真を貼られて一気に色鮮やかなスクラップノートになった。

 

    「これで1600万下になりましたけど、この辺からが厳しそうですね」

 

     前走の勝ちを見るとギリギリ凌いで勝った様に見えるので、ジェットボーイは秋まで放牧が決まっている。

     ジェットボーイの地力をつけるために普通の放牧と違い、調教しつつなので簡単に言えば宿題出される子供の夏休みと一緒。

 

    「育成牧場で鍛えるのは気性面か?」
    「ええ、それと馬体重ですね」

 

     馬体重を増やすためには調教量を増やして、飼い葉を良く食べれば勝手に馬体の幅ともに増えていく。

     気性面が良くなれば2番手からのレースが可能になるし、逃げの1手だけにならないで、脚質に幅が出る。

     秋までにこの2つをクリアして欲しいのは確かだが、早熟だったらあまり成長しないのである。

     ジェットボーイは秋頃からが成長すると思っているし、まだ馬体に余裕があるのは確か。

     秋子はスクラップノートをサイドボードに仕舞い、軽く背伸びをしてから立ち上がる。

     壁に掛かっている時計を見ると、ちょっとだけ休憩時間をオーバーしたので秋名も慌てて放牧地に向かって行った。

 

 

     ジリジリと日差しが肌に突き刺さる中、祐一と名雪は現1歳馬に騎乗をして人が乗る事が抵抗無い様にしている。

     今はまだ馬場を走らす訳では無いので、秋子は名雪が騎乗するのを暗黙の了解になっていた。

     1歳半ば辺りには育成牧場に預ける予定があったので、もうそろそろ連れて行く段階。

     10月頃になると馬は急激に成長しやすく、子供の手には負えなくなる。

     諺の天高く馬肥える秋の様にサラブレットは4歳秋――旧年齢で言うと5歳の秋からが成長する。

 

    「そろそろ連れて行くか?」
    「そうですね、そろそろ育成してもらった方が良いですね」

 

     秋子は厩舎の通路をデッキブラシで擦りながら、秋名の疑問を答えるが手は休めない。

     後で連絡を入れましょう、と秋子は言い寝藁を干している秋名も同意する。

     この事は祐一と名雪に言わなくても、2人は同意するのは分かっている。

     この前見たく、馬を売る訳ではないのだから。

 

 

     その頃、祐一と名雪は1歳馬が騎乗に慣れてきたのを感じ取ったのか、名雪は馬から下りて秋子に伝えに行く。

 

    「お母さん、多分だけど騎乗に慣れたと思うよ」

 

     多分ね、と秋子は苦笑いを洩らしながら顎に手を宛がいつつ、ジッと考える。

 

    「名雪、育成牧場に持っていても問題ないと思う?」
    「ん、賭けても良いよ……イチゴサンデー1杯分」

 

     秋子は名雪の視線に合うようにしゃがみ込んでから、グシャグシャになるほど強く名雪の髪を撫でる。

     実際は競馬協会が運営している育成牧場で既に騎乗は終わっているのだが、名雪に自信をつけさせる意味合いだった。

 

    「大きく出たわね」

 

     秋子の言葉に名雪はえへへー、と笑った。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     特に無し。