暑い夏の日々がやって来た。
ジリジリと日差しが強い中でも全員が黙々と作業を続けている。
肌が焼けないように女性陣は帽子を被って、顔には紫外線対策のスキンケアを塗っている。
勿論、名雪も秋子に言われるがままに塗っていた。
祐一だけは帽子を被っているだけで肌荒れなんて気にしていない。
「ちっ……こっちは肌荒れを気にしているのに」
秋名は羨ましげにジッと祐一を見ているが、祐一自体は秋名の視線に気付かず馬の世話を行っていた。
秋子は秋名の事を見て苦笑いを洩らすしかなかった。
それくらい日差しが強く、秋名が羨ましがるのも納得出来る気温を示している。
「今年がこれだと、馬が厳しいですよ」
「それは同意する」
夏バテの恐れがあるのは人だけではなく馬も同じ。
馬は毛色によって違いがある風に思うが、実際にはそれほど差が無いと言われている。
牝馬の方が夏に強いと言う格言もあるが、毎年の結果が違うので当てにはならないだろう。
なので、多くの厩舎は夏の時期は函館と札幌の出張馬房に入厩させて、夏を過ごす場合が多い。
勿論、牧場に放牧させてから残暑の辺りに厩舎に戻して、暑さに慣れさせる必要がある。
どちらが成功しやすいとは決められないが、馬に合わせてするのが正しいとも言える。
それを上手く見つけ出せられる調教師がリーティング上位に名を連ねる人物達である。
閑話休題。
4人は休憩時間になったので一緒にKanonファームの特徴的とも言える家に接する木の下でゆっくりと休む。
木陰のお陰で暑さは和らいでおり、4人はゆったりと木の下に置かれている椅子に座っている。
木の枝には丸くて赤いラジオが掛かっており、そこから音が途切れ途切れになりながらも競馬中継が聞こえてくる。
ジェットボーイが出走するレース――道新スポーツ杯は第9レースなのでもうそろそろ始まる頃。
ザーザー、と中継音が途切れるが現在はパドックで各馬の体重を読み上げているアナウンサーの声が聞こえる。
「7枠12番ジェットボーイ斤量54kg……2番人気……走比−4kgです」
前走からマイナス4kgは問題無く減っており、馬の発汗はおよそだが1kgほどを出している。
なので、競走馬体重は偶数で発表されるのが一般的である。
「マイナス4kgか」
「体重より馬体の張りが大事ですよ」
ジェットボーイは大外枠なので紹介は最後だった。
今は1番人気の馬体チェックを解説者が行っており、総評的にはちょっと馬体重が減りすぎな点を上げていた。
そしてジェットボーイの番。
「馬体重は問題無いのですが……少し踏み込みが甘いですね」
コメントが発表されると、秋子は少しばかり溜息を吐いた。
ちょっと調整ミスらしいので、それに関する溜息なのだがあまり調整ミスはして欲しくないのが秋子の本音。
完璧な調教でも1%だけは調子が悪いなどがあったりするので不可能に近いのだが。
「気にしすぎは駄目だぞ」
秋名は紫煙をゆったりと空に向かって吐き出しながら、秋子をたしなめる。
秋子は正論を言われてしまったので、秋名から視線を外してから恥ずかしそうにこめかみを掻く。
そんな事をしている間に馬場入場は行われた。
そしてゲートインの時間。
ジェットボーイは大外枠、すなわち最後なので他の馬からゲートインを行う。
最近の天気は1週間まるまる晴天なので、馬場が湿っている事は無い。
問題なのは小回りの函館で大外枠を引いた事が問題であり、逃げ馬には厳しいとも言える。
逃げ遅れたらおしまいだと言う事は分かりきっているので、上手くスタートを切らないとならない。
ガシャンとゲートが開く音がしてスタート。
ジェットボーイは上手くスタートを切れて、騎手が手綱を扱いて逃げられたが、大外枠のロスが厳しい。
内側にも逃げ馬が1頭いるので、抜かさないと内には入れない。
内に拘り過ぎると自滅する恐れがあるので、騎手は先頭の馬から半馬身離れた位置をキープする。
競り合わせて何時でも抜けだせる闘争本能を引き出すために。
そして、4コーナーを回り直線。
道中のロスを減らすためにジェットボーイの騎手は一呼吸置いてから馬を追い出す。
残り100m。
ジェットボーイは騎手の鞭に応えて先頭に立つ。
後方からも他馬が追いかけて来ており、差は少なくなって来ているがそこまで。
函館の直線では追い込み勢は向かないので、2着馬に首差を凌いでジェットボーイが連勝を果たした。
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この話で出た簡潔競馬用語
特に無し。