秋子は1人で中山競馬場に向かっていた。
本日からセリ市が行われるので、1歳馬を入手するためである。
現在は牧場には1頭の馬がいるが、後にセリに出さないといけない規則なので代わりの馬を買いに来た。
買いに来たと言っても、1千万クラスの馬は買えるわけでもなく、高くても500万までが精一杯。
このセリ自体が格安馬を集められたものなので、経済的に余裕が無い馬主が多く参加している。
勿論、秋子もその中に含まれる。
このセリ市にも中堅馬主が来ており、安い上に重賞馬が出ている事が好評のポイント。
競馬協会が牧場を巡り、買い取った馬を育成牧場で育てられたのがこのセリに参加している馬。
競馬協会がキチンと育成を行っており、早い時期から活躍する馬も多いので外れは少ない。
今まで競馬協会は抽選で馬を売却していたが、数年前から変更となり代わりになったのが、このブリーズセールである。
因みに抽選で売却された馬は抽選馬と言われ、競馬新聞では馬名の上にあるマルの中に抽、と書かれているので一目で分かる。
抽選馬は人気になりにくく、良く穴を開ける事が多いのだが馬主にとってはありがたい存在なのは確か。
閑話休題。
セリは既に始まっており、数名の馬主が声を高々にして値段を釣り上げていく。
500万、と1人の馬主が言い切った所で、他の馬主は値を釣り上げる事無く落札。
こうして1頭辺りのセリ時間は5分ほどで終わっていく。
秋子のお目当て馬はまだまだ、先になるのでセリの状況を見る以外は無い。
値段が釣り上がりやすい状況になるかが見極めしやすいので、後半に出る方が良いのである。
最初から値段が釣り上がると、後半にもその勢いが続いてしまうので、予算オーバーしてしまう可能性もある。
秋子はその事を考えていると、次々と売り出される馬が入れ替わっていく。
秋子の狙っている馬の候補には2頭いる。
1頭は父マルゼンスキー母父リマンド産駒の牡馬。
もう1頭は父ハイセイコー母父ブレイベェストローマン産駒の牝馬。
出来れば2頭とも競り落としたいところだが、金額が上がり過ぎないと言う条件がある。
さすがにそれは不可能だと思っているので、お目当ては繁殖の事も考えて牝馬と決めている。
「高くならないと良いんですが……」
まだ先に行われる事だが、願わずにいられない秋子。
牝馬のスタート値段は400万とそこそこ高い方であり、父ハイセイコーはダービー馬カツラノハイセイコを出している。
それ以外はシンザン記念の勝ち馬――ライフタテヤマぐらいの活躍馬しか出していない。
母父ブレイヴェストローマンはオークス馬のトウカイローマンを出しているくらい。
母は1勝しているだけで後は未勝利だった。
近親では重賞馬は5代前まで遡らないといないほどである。
あまり良血ではないので買える可能性は高いが、このセリに登録されている馬は似たような境遇の馬が多数。
秋子が狙っている牡馬の方も、母系はこれといった活躍馬が出ていないのは一緒。
「あと少しで、牡馬の方ですね」
暫く様子を見ていた時は、そんなに価格の釣り上げが行われず、提示された値段から300万ほどの釣り上げが多い。
「このままなら、2頭とも買えそうです」
秋子は誰にも聞こえないように呟いていると、さっそく自分が目的とする牡馬が登場する。
電光掲示板には500万からスタートと表示されており、秋子は手を上げて550万と叫ぶ。
すると、別の馬主も値段を塗り替えるために600万と声を高々にして叫ぶ。
暫くこの2人の間で値段の釣り上げが起こり、800万で秋子は止めてしまうが相手もこれ以上はキツイのか値段を上げられない。
「800万で落札です」
競売人がトントンと木槌を鳴らして、秋子が競り落とした事を決定する。
ジェットボーイは隆道に競り落としてもらったので、これが初めて秋子自身の手で購入したといえる。
その後、購入予定だった牝馬もキッチリと競り落としたので、牧場にいる繁殖牝馬も含めて6頭の馬が秋子の元にいる。
これから購入した馬の事を秋子は頭の中で楽しみながら、考えて帰路に着く。
ただ、牧場経費という頭を悩ませる物が重く圧し掛かる量が増えたのは秋子も分かっている。
これからの楽しみがあるので、秋子にはそのような壁には何の問題もなかった。
戻る ← →
この話で出た簡潔競馬用語
注1:マルゼンスキー……日本に持ち込みされたニジンスキー産駒であり、8戦8勝馬で大差勝ちが殆どである。
注2:リマンド……イギリス産馬であり、日本に引退後に持ち込まれて父と母父でそこそこの成功を収めた。
注3:ハイセイコー……昭和のアイドル馬であり、知らない人がいないほどの人気馬。
注4:ブレイヴェストローマン……アメリカのG�暁呂世�、日本の種牡馬としては大成功を収めた。