名雪は馬の世話に力を入れて育てるようになった。
甘やかすだけでは駄目だと悟ったのか、飴と鞭の配分が4:6近くに変更したようだ。
自分が育てる事が上手くいけば、馬が売れた時にKanonファームで育成がずっと出来るかもしれないという考え。
今はまったく調教施設が無いので、上手くいくかは不明だが幼い名雪は成功すると信じて行動中。
秋子は名雪が納得するまで行動しているので咎める事も無く、好きな様にやらせている。
勿論、馬体に異常があるような事があったらキッチリと叱るが、今のところそのような兆候は見られない。
「随分、世話する時間が増えたな」
「名雪なりに頑張っているんですから、ね?」
秋子は厩舎作業のために動かしていた手を止めて、秋名に向かって説得する。
別に秋名は文句を言うわけではなかったが、秋子が名雪の事を信頼しているの伝わったようだ。
秋名は返事をする暇も無く、寝藁を乾燥させるために厩舎と外の往復を繰り返していた。
ジョロジョロとホースから出る冷たい水を汚れた厩舎内の通路に流して、デッキブラシで擦る秋子。
土の汚れで、うっすらと蹄鉄と靴の跡が残っているので床掃除が疎かだった事が分かる。
毎日、馬を曳きながら歩くので足跡が残るのは仕方が無いとも言える。
「これからは毎日掃除した方が良いですね」
「面倒になるが、仕方が無い」
今までは週に1回だったが、名雪が頑張っているので補佐に近い事を行う必要があるので、これになっただけ。
普段から床掃除しているなら、別の事でサポートするだけだが。
その頃、祐一と名雪は一緒に1歳馬の世話をしていた。
とは言え、祐一はリードを持って押さえているだけなので欠伸が洩れている。
「ちゃんと、持っていてよ」
名雪は腹帯を締めるためにしゃがみ込んでおり、首を動かして祐一が欠伸しているのを目敏く見つけた。
OKと、祐一は言おうとするが、もう一度欠伸をしてしまい、まともに返事が出来なかった。
もう、と腰に手を当てつつ名雪は祐一を見てぼやく。
次にする事があるので名雪は怒る気にもなれず、片一方の鐙に自分の両足を乗せて祐一に馬を歩かせる。
いきなり、背に乗るのは不可能なのでこのように背中に掴まりつつ、騎乗に慣らすことが大事である。
競争馬と引退した乗馬も、こうやって基礎から人を乗せることを教えているので当たり前の事である。
グルグル、と大きく円を書くように馬を歩かせる祐一。
丁度1週した辺りで祐一は馬を止めて、名雪を降りさせる。
「これ覚えるのにどれくらい時間が掛かるんだろうね?」
「知らないぞ」
うーん、とお互いに腕を組んで考えるが、分からないので秋子か秋名に聞くしかなかった。
おお、と祐一は何かを思い出したように名雪に尋ねる。
「乗り心地はどうだった?」
名雪は返事をせずに喜色満面の笑顔を輝かせて、初めての騎乗――鐙に乗っただけだが、実に嬉しそうな表情であった。
親指をグッと立てつつ、最高だよ、と名雪は言い切った。
だが、厩舎作業が終わった秋子は名雪の様子を見に来ており、声を聞いて複雑そうな表情でジッと名雪を見つめていた。
秋名は先に家に戻っており、名雪と祐一が楽しそうに騎乗していたのは目撃していない。
2人なら楽しそうに騎乗するのが分かっていたようだ。
まだ、名雪がキチンとした騎乗をしていない事だけは知らないのだが。
リビングのテーブル上にばら撒かれた資料を一度、揃えて片付ける。
「そういえば、そろそろセリ市だったな」
競馬協会から送られてきた資料によると、今年は中山競馬場で開催され150頭近くが上場されると書かれている。
血統表も一緒に送られているが、全頭の詳細を見る時間が足りないとも言える。
血統が悪くても馬体によっては走る事があるし、こういう時に相馬眼を磨く必要がある。
「半分ずつ見ているとは言え、難儀だな」
秋名は咥え煙草をしながら、ペラペラと馬体写真がプリントされた紙を捲っていく。
「……やっぱり、長距離馬らしいのが多数載っているな」
色々な血統が書かれているがマイナー種牡馬の仔などもおり、多様なセリなのは確かだろう。
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この話で出た簡潔競馬用語
特になし。