ジェットボーイの4戦目は暖かくなってきた4月15日のレースに決まった。

     暖かくなると調教もしやすくなるので、必然的に乗り込み量も増えるのできっちりと馬体を創りあげられる。

     冬の調教は汗を掻かないので体重が減りにくく、ダートコースが凍っているなど問題が多い。

     調教が上手い厩舎だと冬の間でもキッチリと仕上げる事は当たり前。

     久瀬調教師は大手に比べると未熟と言えるので、ジェットボーイの3戦目は失敗だったとも言える。

     新人調教師は入厩する馬の質が低く、数はなかなか集まらないので感情的になって失敗する事が多い。

     だが、久瀬調教師はジェットボーイで調教が失敗だと感じ取ったのか、他馬はジックリと春まで乗り込ませたようだ。

     そして、3月の成績は勝ち馬こそは1頭と少なかったが、2着が5回と良い成績をあげた。

     閑話休題。

     あれからジェットボーイはジックリと乗り込まれた事によって、馬体に幅が出て体重も増加。

     今までは胸板が頼りなかったが、ガッチリと付くところに筋肉が付いたので走りに迫力が出た。

     そのお陰で調教タイムは自己ベストを更新記録。

     さて、出走レース――れんげ賞は阪神で行われるので輸送しなくてはならない。

     レースの為には初の輸送なので、馬運車に乗せるのは苦労したようだ。

     美浦トレーニングセンターから阪神競馬場まで約11時間。

     美浦からだと近い競馬場は中山、東京くらいだが、栗東だと全ての競馬場に最低で10時間。

     輸送位置に関しては栗東の方が優れていると言えるだろう。

     なので、関東から関西に遠征する時は前日に輸送するか、レース前の金曜日に輸送の2種類。

     ジェットボーイは気性の事も考えられて、金曜日に輸送と決まった。

 

 

     今、Kanonファームは5頭の馬がおり、それぞれ繁殖牝馬2頭、仔馬2頭と1歳馬1頭である。

     仔馬2頭はまだ母馬と一緒にいるので楽なのだが、秋頃には子別れで世話するのが大変になる。

 

    「人手増やさないか?」

 

     これから大変になるのは分かっているので秋名は案を出すが、秋子は即座に却下する。

     秋子曰く、たったの5頭で人を雇うのは問題がありそうらしい。

     合わせて2桁の馬がいるなら人を雇えるが、今は何処の牧場もベテランの人手が足りないので、1から教える事が大変である。

 

    「簡単に人手増やすとか、言わないで欲しいですよ」

 

     バン、とやや強くテーブルを叩いたので、置かれていたコーヒーカップの中身ゆらゆらと揺れた。

     万年金欠とは言わないが、月々が赤字に近い状態なのだから秋子が語気を強めてしまうのも当然だった。

 

    「……すまん」

 

     秋名は牧場の台所事情が分かっているからこそ、キチンと謝る。

     秋子も本気で怒っていないが、人手を増やしたい想いはあるのだが表には出さない。

     まずは資金のやり繰りが大切なのだから。

 

 

     数年はこの状況が続く事を覚悟しなくてはならないが、コツコツと進まなくては前には追いつかない。

     一発逆転は望まず、ちょくちょくと重賞馬を出せれば良いと秋子は思っているが、秋名は一発逆転を望んでいた。

 

    「資金はどうやって増やしますか?」

 

     秋名は咄嗟に馬券で言おうとするが、秋子にジッと睨まれてしまい乾いた笑いを洩らす。

     レース賞金と馬を売ることしかないですね、と秋子はぼやく。

 

    「そういえば、トウショウボーイの牡馬はセリに出さないといけないのでは?」

 

     秋名は疑問を口にして、秋子は失念していたようで溜息を深く吐き出す。

 

    「……そうでしたね」

 

     自分で所持しようと思っていたのだが、これは誤算と言える。

     牝馬だったら自分で所持が出来るのだが、牡馬はセリに出さなくてはならない規則があるので逆らえない。

     種付け権の書類にはキチンと書かれているので今更、牝馬と誤魔化しは不可能。

     その前に、そんな事をしたら日高軽種牡馬協会から睨まれるのは必然だろう。

 

    「売ることより、名雪に説得するのが大変ですよ」

 

     名雪は可愛がっているので、簡単に納得するとは思えない。

     頭が痛そうに右手でこめかみを押さえる秋子。

     頑張って説得するんだな、と秋名は気楽に声を掛けるが、秋子はジッと秋名の顔を見続ける。

 

    「……私も説得を手伝えと?」

 

     何も言わずに大きく頷く秋子。

     秋名は暫く考えた様で、指で作ったOKサインを出す。

 

    「暫くは別の意味で修羅場になりそうだなぁ」

 

     秋名は天井を眺めつつ煙草の紫煙を吐き出しながら、そっとぼやいた。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     特になし。